
定期券の有効範囲外という、文明の圏外とも言うべき西荻窪。終業後のこの苦行は、全て同僚のマロン君に付き合わされた結果だ。彼はグルメ魂を持つ。現代の知識人が宗教を失い、代わりに「食」を絶対的な真理として奉じる姿は滑稽だが、彼の探求心は本物だ。彼はスマホの画面に映る「3.8」だの「百名店」だのというデジタルな神託を盲信し、我々をこの中央線の亜空間へと導いたのである。
西荻窪という街は奇妙だ。アンティークと飲み屋とサブカルチャーが煮込まれ、独特の粘度を持った空気が漂っている。駅から南へ数分。商店街の喧騒を抜けた先に、その店は静かに鎮座していた。
辿り着いた「麺尊 RAGE」の入口からしてコンセプトをそろえている。

それはまるでアパレルショップかギャラリーのようで、一瞥しただけでは「油の匂いを纏った麺の塊」を提供する場所だと判別し難い。コンクリート打ちっぱなしの無機質な空間に、ポップアートのようなロゴが踊る。この過剰な装飾こそが、ラーメンという労働者の慰めを「文化」へ昇華させようとする、現代の見栄と自己顕示のメタファーである。かつてラーメンとは、油で汚れた暖簾をくぐり、店主の怒号と湯気の中で啜るものであったはずだ。しかし、ここは違う。ここでは、ラーメンを啜ることさえもが、一つのファッションステートメントとして機能している。
この店のウリは、ミシュランの呪縛に囚われた「軍鶏そば」である。 ここで少し、この店に関する整理しておこう。 創業は2015年2月6日。店主は新宿の「鈴蘭」出身であり、その腕前は確かだ。鈴蘭は実は吾輩が最もお気に入りのラーメン屋の一つなのだ。ここの食レポもいずれ行うのもよいだろう。
オープンからわずか1年足らずでミシュランガイド東京のビブグルマンに選出され、以降、常連としてその地位を不動のものにしている。店名の「RAGE」は、あのアメリカのロックバンド「Rage Against the Machine」から取られたとも噂されるが、その真偽は定かではない。しかし、既存のラーメン界への「怒り」にも似たアンチテーゼが、このスタイリッシュな空間と、軍鶏(シャモ)という攻撃的な鶏の選択に表れているようにも思える。2015年という創業年は、日本のラーメンが単なるB級グルメから、「Water(水)」にこだわり、「Truffle(トリュフ)」を乗せ始めるような、高級芸術へと転身した時代の潮目を明確に示している。
店内に入ると、ヒップホップが低音で響いている。マロン君は
マロン君このグルーヴ感が味覚を鋭敏にするんですよ
などと知ったかぶりをしているが、吾輩には単なるノイズにしか聞こえない。我々はカウンター席に案内された。 メニューを見る。基本は「軍鶏そば」と「煮干そば」の二枚看板。マロン君は迷わず「特製軍鶏そば」を選択。吾輩もそれに従う。軍鶏か。闘うために品種改良された鶏。その筋肉質な魂をスープにするとは、人間とはなんと業の深い生き物か。東京しゃも、村越シャモロック、金八シャモ……複数の軍鶏をブレンドし、その旨味を極限まで抽出しているという。
厨房では、ストリートファッションに身を包んだ店員たちが、まるでDJがターンテーブルを回すかのような手つきで湯切りをしている。 そして、運命の瞬間に至る。
着丼ドーンだ!!


目の前に置かれたのは、琥珀色の液面が輝く、美しい器だ。 そのビジュアルは、もはや食品というよりは工芸品に近い。透き通ったスープの表面には、黄金色の鶏油(チーユ)が層を成し、光を乱反射させている。低温調理された豚肩ロースと鶏胸肉のチャーシュー、穂先メンマ、そしてカイワレが、計算され尽くした配置で並べられている。
マロン君は反射的に両手を合わせ、その姿を一期一会の聖体として拝む。現代の巡礼者にとって、この丼こそが聖杯なのだ。彼はレンゲを震わせながらスープを口に運ぶ。
「この醤油の濃いラーメンのキレ!これこそが東京の求めるシャープな旨味…軍鶏の澄んだ脂が全てを統治している!」


彼は恍惚の表情を浮かべている。



見てください、この麺!三河屋製麺の細ストレート麺が、スープを束で持ち上げてくる。パツパツとした歯切れの良さが、軍鶏の力強さと対等に渡り合っている!
吾輩もスープを一口。 ……ふむ。 確かに洗練されてはいる。ファーストアタックで感じるのは、強烈な鶏の香りと、それを切り裂くような醤油の酸味と塩味だ。生揚げ醤油をはじめ数種類をブレンドしたというカエシは、非常に輪郭がはっきりしている。 だが、このキリッとした醤油の濃さは、吾輩の魂の深奥には響かない。 なんというか、優等生すぎるのだ。「どうだ、旨いだろう?」「これが今の最先端だろう?」という作り手のドヤ顔が、スープの奥から透けて見えるような気がしてならない。
チャーシューはうまい。これは認めざるを得ない。 豚肩ロースはスライサーで薄く切られ、口に入れた瞬間に脂が溶け出す。鶏胸肉はしっとりとしており、パサつきなど微塵もない。肉質の繊維まで洗脳されているかのように柔らかく、完璧な調理が施されている。我々牛族の同胞ではないが、この豚と鶏の扱いには敬意を表そう。
だが、このスープが今一つ吾輩の好みではないようだ。 淡麗系という名の禁欲主義には、吾輩の飽食の牛猫たる舌が耐えられないのかもしれない。軍鶏の脂は確かに上質だが、どこかよそよそしい。マロン君が言う「キレ」とは、言い換えれば「拒絶」ではないか。もっとこう、混沌とした豚骨の泥沼や、背脂の海のような、だらしない包容力が欲しいと思ってしまうのは、吾輩が堕落した家畜だからだろうか。
あるいは、あまりにも多くの**「完璧なラーメン」を経験しすぎたせいで、吾輩の舌がこえすぎた**せいだろうか。 情報は味覚を歪める。「ミシュラン」という権威、「食べログ高評価」という群衆の支持。これらを前情報としてインプットされた脳は、舌が感じる信号を補正しようとする。「これは美味いはずだ」「ここで感動しなければ味のわからない愚物だ」と。
現代において「美味い」とは、過度な期待と先入観を裏切らないこと。 欠点がないことが最大の美徳とされる減点法のグルメ社会。この一杯は確かに技術的には満点だが、吾輩の心臓を鷲掴みにするような感動はない。整いすぎた顔立ちの美人が、必ずしも魅力的とは限らないのと同じ理屈だ。
マロン君は最後の一滴までスープを飲み干し、「完飲」という儀式を終えた。「最高でしたね」と同意を求めてくる彼に、吾輩は「うむ、実に興味深い一杯だった」と曖昧に答える。
店を出ると、西荻窪の夜風が頬を撫でる。 「次は煮干しも攻めましょう」と息巻くマロン君。 やれやれ。吾輩は、人間の**「流行」という名の集団ヒステリー**の行く末を静かに見つめるのみだ。 ラーメンとは、本来もっと猥雑で、個人的で、自由なものであったはずだ。 おしゃれな空間で食べる軍鶏そばも悪くはないが、次はガード下の煙たい店で、名もなき中華そばを啜りたい。そう思う吾輩の胃袋の中で、軍鶏と醤油が静かに和解を始めていた。
投稿者プロフィール


- 大富豪になっても結局食と旅
-
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。
もっと詳細が知りたいもの好きなあなたはプロフィール欄の記事を読んで欲しい
最新の投稿

東京グルメ2025年11月30日【西荻窪・麺尊 RAGE】ミシュランの寵愛を受けた軍鶏そば。吾輩が斬る、意識高い系ラーメンの光と影、そして集団ヒステリーとしての食文化。

東京グルメ2025年11月29日【ラーメン龍の家 新宿小滝橋通り店】2009年開業の久留米豚骨!つけ麺もつ1150円を牛の視点でレビュー|西武新宿駅徒歩5分

東京グルメ2025年11月28日【目黒・ハングリーヘブン】焼肉屋DNAが暴走する絶品ハンバーガー。夜勤明けの胃袋を救う「肉の天国」への招待状【実食レポ】

東京グルメ2025年11月27日【東京・八重洲】噂の本格カレー屋【エリックサウス】に行ってみた|本格南インドカレー&ミールスを堪能
