
新宿駅、そこは欲望と迷走が交差する巨大な地下迷宮だ。人間どもはどこへ向かうのかも分からず、ただスマホという名の羅針盤を握りしめ、蟻のように整列しては散っていく。吾輩は牛である。名前はまだないが、この迷宮において、もっとも「反芻」に適した場所を探すことに関しては、どの人間よりも長けている自負がある。
今日も今日とて、吾輩はご主人の後ろを歩いていた。ご主人は相変わらず、どこか上の空で、自分の靴紐が解けていることにも気づかないような天然居士だ。我々が向かうのは、いつものドトールコーヒー。あの静寂と苦味が、吾輩の複雑な胃袋を落ち着かせてくれる。しかし、その聖地へ至る道すがら、以前からどうしても視線が吸い寄せられる場所があった。
「カレーハウス リオ」
その看板は、新宿の無機質な空気の中で、妙に温かみのある光を放っている。ご主人がふと足を止めた。「ねえ、ここ、横浜で有名な店なんだって。入ってみようよ」。 ご主人の直感は、時として論理を凌駕する。吾輩は黙って従うことにした。牛がカレー屋の暖簾を潜る。これ以上のアイロニーがこの世にあろうか。自らの同胞が煮込まれているかもしれない場所に、自ら足を踏み入れる。これこそが実存主義的決断というものだ。
店内はカウンターが主役の、機能美に満ちた空間だった。まさに「駅を利用する者が、束の間の休息と栄養を摂取し、再び戦場へ戻るための補給基地」である。

吾輩は店内の空気を肺いっぱいに吸い込む。漂ってくるのは、単なるスパイスの香りではない。そこには「歴史」の香りが混じっている。 調べてみれば、この店は1960年に横浜駅西口で産声を上げたという。1960年といえば、日本が高度経済成長の波に乗り、誰もが明日を信じて疑わなかった時代だ。横浜という港町で、異国の文化と日本の魂が混ざり合い、このカレーという小宇宙が形成された。半世紀以上の時を経て、横浜の誇りがここ新宿の地下へと流れ着いたわけだ。歴史の重みを知らぬ人間どもは、券売機を無造作に叩いているが、吾輩は違う。ボタン一つを押す行為にも、横浜から新宿までの距離と時間を想うのだ。

ご主人は「半熟たまごカレー」を選択した。吾輩は、彼が卵という「未完の生命」を好むところに、彼の未完成な人間性を見出し、少しだけ口角を上げる。 厨房では、熟練の動きでルーが皿に注がれている。聞けば、17種類ものスパイスを駆使しているという。17という数字が絶妙だ。16では足りず、18では過剰。その繊細な均衡の上に、リオのアイデンティティは立脚している。鶏ガラで取った出汁、ココナッツミルクの抱擁、そして玉ねぎ、人参、リンゴ、マンゴーチャツネたちが織りなす甘みの四重奏。
やがて――。
着丼ドーンだ!!

目の前に現れたのは、美しくも妖艶な褐色の海。 立ち上る湯気は、まるで古の横浜の霧のようだ。ご主人はさっそくスプーンを動かし、無邪気に頬張っている。「おいしい……なんだか、懐かしい味がするよ」。 天然なご主人の言葉は、時として真理を突く。吾輩も(概念的に)一口含んでみる。
モウモウまず舌を襲うのは、小麦粉を極限まで抑えたというサラリとした質感だ。重たくない。まるで、人生の悩みなど、このスパイスの奔流に比べれば些末なことだと言わんばかりの軽やかさだ。
しかし、その直後にやってくるのは、17種のスパイスが複雑に絡み合った奥深い余韻。 甘い。いや、辛い。あるいは、そのどちらでもない「リオ」という名の第3の味覚。 マンゴーチャツネの甘みが、草原を駆ける風のように鼻を抜け、ココナッツミルクがすべてを優しく包み込む。
これは、カオスの中にある秩序だ。新宿という混沌とした地下街で、この一皿だけが完璧な調和を保っている
ご主人は夢中で食べている。「横浜の風が吹いてる気がする!」と彼は言うが、ここは地下通路だ。風など吹くはずもない。しかし、吾輩には理解できる。彼の味覚の受容体が、1960年から続く歴史の旋律を受信してしまったのだ。
ふと周りを見渡せば、隣のサラリーマンも、向かいの若者も、誰もがこの皿の上では平等だ。社会的地位も、学歴も、そして牛であるか人間であるかという種差さえも、17種のスパイスの前では無力化される。この店は、まさに現代のシェルターなのだ。
「ごちそうさま。なんだか元気が出たよ、行こうか」。 ご主人は満足げに席を立つ。彼の胃袋は今、横浜の誇りと新宿の活力を同時に宿している。 吾輩は、最後の一口の香りを反芻しながら店を出た。
新宿駅東口、ドトールへ向かういつもの道。 これからは、この場所を通り過ぎるたびに、吾輩はあのスパイスの迷宮を思い出すだろう。 人生は、カレーによく似ている。 多くの要素が混ざり合い、時には辛く、時には甘く、そして最後にはすべてが「思い出」という名のルーの中に溶けていく。 迷い、悩み、立ち止まったなら、この地下の港町へ寄ればいい。 横浜から来た17の賢者(スパイス)たちが、君の空腹と孤独を、そっと、しかし力強く癒してくれるはずだ。
吾輩は牛である。しかし、この瞬間だけは、このスパイスの恩恵に預かる一人の旅人として、新宿の雑踏へと消えていくのであった。
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