食べ比べ【東京の有名立ち食い蕎麦】5店舗レポ|有名チェーン店を実食してみた

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吾輩は牛である。稀代の食通で名を馳せているが、胃袋は四つある。この四つの胃袋を駆使して、人間どもが血眼になって啜る「立ち食い蕎麦」という名の小宇宙を考察してみようと思う。人間はなぜ、わざわざ立ってまで麺を啜るのか。それは、彼らが常に何かに追われ、生存の限界で反芻を繰り返しているからに他ならない。

今回は、どの店舗に行っても注文は全て『かき揚げ蕎麦』だけという、油と出汁と炭水化物が織りなす「混沌の美学」を五つの聖地で巡礼してきた。今回は珍しく5つの店舗での立食い蕎麦実食レポをお届けするので、自分の好みと適合しているか、していないか?を蕎麦でも啜りながら最後まで読んで欲しいのだ。ではレッツstart!

一、いろり庵きらく | 均整という名の冷徹な理性

吾輩がまず足を運んだのは、JR東日本の駅ナカという、現代の迷宮に鎮座する「いろり庵きらく」である。ここは2008年、蒲田の地に産声を上げた。江戸の「夜鷹そば」の血脈を受け継ぎつつも、駅ナカという殺伐とした空間に清潔感という名の仮面を被せた、JR東日本クロスステーションの傑作である。

ここの「かき揚げそば(550円前後)」は、驚くほどに理性的だ。出汁は、人間が最も「ああ、蕎麦を食べている」と錯覚しやすい黄金比を突いてくる。突出した個性がないことこそが、最大の個性。まさに蕎麦界の官僚である。

そして、店内で揚げられたという「自家製かき揚げ」の屹立した姿を見よ。

それはまるで、都会の喧騒に耐えるサラリーマンの自尊心のようだ。汁に浸かってもなお、しばらくは「カリっ」とした反抗を忘れない。出汁、麺、揚げ物。この三権分立が最も美しく機能しているのが、この店だ。しかもナルトは『一』の文字がはいっている。吾輩のような牛からすれば、あまりに隙がなさすぎて、アイロニーを挟む余地もないほどに完成されている。ちなみに店舗によって器の形が違うのも面白いところだ。東京駅内の京葉線ホーム近くの店と山手線の下の店に行ったのだが、山手線の方がすこし芸術的に思えるのだった。

二、十割蕎麦 さがたに |濃厚なる自己主張の代償


次に訪れたのは「十割蕎麦 さがたに」。ここは、小麦粉という名の妥協を許さない、ストイックな十割蕎麦の店だ。運営する「フォーユー」が、業務用製麺機「しこしこ」を駆使して、低価格で十割を提供するというパラドックスを実現している。

「かき揚げそば(550円〜600円程度)」を注文すると、そこには「重厚」という言葉が似合う一坏が供される。蕎麦粉100%の麺は、牛の咀嚼筋をも試すような力強さがある。しかし、特筆すべきはその「出汁」だ。少し濃い。いや、かなり濃い。それはまるで、自分の存在を世界に知らしめようと叫び続ける若き哲学者のようだ。

値段も、他の立ち食い店に比べれば、鼻の差で高い。しかし、その微差こそが「我々は他とは違うのだ」という選民意識を支えている。かき揚げもまた、その濃厚な出汁を吸い込み、次第に巨大なスポンジへと変貌していく。この「濃さ」に耐えられる者だけが、十割の深淵を覗くことができるのだろう。

三、よもだそば |遠近感を狂わせる巨大な混沌

日本橋に2007年に誕生した「よもだそば」。ここは、立ち食い蕎麦界におけるシュルレアリスムである。創業者の九十九章之氏が、脱サラの末に辿り着いたのは、「いいかげん」を意味する愛媛の方言「よもだ」の名を冠した、常識外れの店だった。

「特大かき揚げそば(400円〜500円程度)」を目の前にした時、吾輩は自分の遠近感が狂ったかと思った。器が大きいのか、かき揚げが大きいのか。否、どちらも大きいのだ。

国産玉ねぎを丸ごと一個使用したというそのかき揚げは、もはや蕎麦のトッピングではなく、蕎麦という名の池に浮かぶ巨大な浮島である。

出汁は無添加・無化調を謳い、すっきりとした風味が特徴だが、この巨大なかき揚げが解け始めると、つゆは一気に「油の海」へとメタモルフォーゼを遂げる。ボリューミーという言葉では足りない。それは、飽食の時代に対するアイロニーそのものだ。吾輩も、この量を反芻するには四つの胃袋だけでは足りぬかもしれぬ。

四、小諸そば | 醤油の向こう側に透ける虚無

1974年、京橋で産声を上げた「小諸そば」。運営する三ッ和は、食品小売から給食事業まで手掛ける、食のインフラを司る巨人だ。都会のオフィス街に密集するその姿は、働く人間たちの補給基地である。

ここの「かき揚げそば(400円〜500円程度)」は、非常に「引き算の美学」を感じさせる。醤油ベースのキリッとした味はするのだが、どこか薄味だ。いや、正確には「奥行きが、あえて隠されている」と言ったほうがいいかもしれない。

それは、忙しさに心を亡くした人間が、何も考えずに喉を通り過ぎさせていくための、最適化された虚無である。

卓上のネギを好きなだけ入れられるというシステムは、自由という名の責任を客に丸投げしているようで面白い。出汁の薄さをネギの辛みで補完するのか、あるいはそのままの虚無を味わうのか。この店での食事は、常に自分との対話となる。価格の優位性という盾を持ちながら、都会の隙間に溶け込むその佇まいは、まさに「透明な蕎麦屋」である。

五、名代 箱根そば |最後まで崩れぬ連帯の美学

最後は、小田急沿線の民のソウルフード「箱根そば」。1965年に新宿駅の地下で創業して以来、小田急レストランシステムが守り続けてきた「箱そば」の伝統だ。

ここの「かき揚げ天そば(540円前後)」には、他にはない「粘り強さ」がある。最大の特徴は、かき揚げの耐久性だ。

多くの店のかき揚げが、出汁の攻撃に屈してバラバラに散っていく中、箱そばのそれは、最後まで「麺との連帯」を解かない。麺を啜ればかき揚げが寄り添い、かき揚げを齧れば麺が絡む。


この「最後までいい感じで麺と絡んでくる」という現象は、もはや一種の愛ではないか。出汁は甘みと塩気のバランスが取れた、誰もを拒まない懐の深さを持っている。創業60年を迎えようとする老舗の余裕が、そこには漂っている。吾輩のような孤独な牛も、このかき揚げと麺の強固な絆を前にすると、少しだけ寂しさが紛れるような気がするのである。

人間どもよ、立ち食い蕎麦を啜るがいい。その一坏には、歴史と、妥協と、そして微かな哲学が詰まっているのだから。

さて、如何だったであろうか?もしもこの記事が少しでも役に立って、反響が多少なりともあれば、第2弾を開催したいと思う。ただし、いつになるかは吾輩にもわからない。

投稿者プロフィール

モウモウ
モウモウ大富豪になっても結局食と旅
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。

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