
人間という生き物は、実におかしな大義名分を好む。
我が主人が、あの狭い額に「国家資格合格」の二文字を掲げ、意気揚々と上野広小路の雑踏を歩いている。今年の1月に一つ目の資格を手に入れ、味をしめたのだろう。現在は次なる知の要塞(これまた別の国家資格である)へ向けて、日々、机に向かってはブツブツと呪文を唱えている。
そんな主人が「湯島天神へ参拝に行くぞ」と言い出した。

本命は、学問の神様への祈願。そして、同じように日々勉強を頑張っている「毎日会うあの人」のためにお守りを買い、合格を祈るのだという。なんと殊勝な心がけか。しかし、人間界の「祈り」というシステムは、時に不条理な喜劇を生む。
「……はぁ。お守りは買ったものの、渡すタイミングが全くないなぁ……」

神社を後にした主人が、絵馬のように分かりやすい溜め息をつく。毎日会うのに、渡せない。彼らにとって、数センチメートルの「心の距離」は、時に光年単位の宇宙空間へと化すらしい。牛の感覚からすれば、目の前にある草を食むように、ただ手渡せば済む話なのだが、人間は「文脈」や「空気」という目に見えない怪物の顔色を伺って自滅する。実にもどかしく、そして滑稽である。
そもそも、本日訪れた湯島天神自体は、誠に「こじんまりしたなかなかよい神社」であった。せっかくなので、主人が溜め息で消費したカロリーを補填する前に、この神社の歴史を牛の脳味噌で紐解いておこう。
湯島天神(湯島天満宮)の歩み
- 雄略天皇2年(458年):時の天皇の勅命により、天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)を祀る神社として創建。これがすべての始まりである。
- 正平10年(1355年):郷民の請願により、菅原道真公を合祀。これによって「学問の神様」としてのアイデンティティが確立される。
- 文明10年(1478年):太田道灌が再建。江戸の地において、その存在感を確固たるものにする。
- 江戸時代:徳川家康をはじめとする徳川将軍家から篤い崇敬を受ける。林羅山や新井白石といった当代随一の学者たちも参拝に訪れ、文教の中心地として栄華を極める。
- 明治時代以降:東京を代表する天満宮として、受験シーズンには無数の迷える子羊(いや、受験生)が集まる聖地となり、現在に至る。
さて。神仏への挨拶を済ませ、お守りという名の「渡せないバトン」をポケットにねじ込んだ主人が、吸い寄せられるように向かった先がある。
「甘味処 みつばち 本店」である。

断言しよう。主人にとって、湯島天神への参拝が「本命」であったのは、建前上の話だ。この「みつばち」の暖簾をくぐるための、極めて精巧な言い訳(副産物)として、神様が利用されたに過ぎない。人間は、甘美な誘惑に降伏する際、必ず高尚な理由付けを欲する。
この「みつばち」という店もまた、湯島天神に負けず劣らず、歴史の蜜が詰まった巣窟である。その軌跡を、確定した事実のみで整理してみよう。


甘味処 みつばち 本店の歴史と特徴
| 年代・項目 | 歴史的事実(FACT)と店舗の特徴 |
| 明治42年(1909年) | 創業。当初は「氷業(かき氷屋)」として産声を上げる。 |
| 大正4年(1915年)頃 | 初代・嶋田三郎氏が、当時余っていた小豆を凍らせて売り出したところ大ヒット。これが「小倉アイス」の元祖となる。 |
| 伝統の黒蜜 | 創業以来、変わらぬ製法で提供される黒蜜。沖縄県産の黒糖をベースに、独自の配合でじっくりと煮詰められた、店の「魂」とも言えるウリ。 |
| 現在の特徴 | 元祖小倉アイスを筆頭に、あんみつやパフェ、お持ち帰りのハニー焼き(たい焼き風の和菓子)など、下町の甘味文化を100年以上守り続ける名店。 |
歴史の重みに圧倒されている暇はない。主人の注文したメインディッシュが、厳かに、しかし確かな存在感を放ちながら運ばれてきた。

着丼ドーンだ!!

目の前に現れたのは、「小倉白玉あんみつ」。
それは、器という名の小さな宇宙であった。漆黒の寒天、純白の白玉、そして中央に鎮座する、元祖の血統を受け継ぐ小倉アイス。この完璧な色彩の調律に対して、主人はテーブルに備え付けられた「黒蜜」のツボから、惜しげもなく液体を注ぎ込む。

黒蜜という名の暗黒物質(ダークマター)が、白玉の純潔を汚し、寒天の隙間を埋めていく。主人は、スプーンですくい上げた小倉アイスと白玉を口に運び、恍惚の表情を浮かべた。

ご主人うーん、やっぱりここの黒蜜はコクが違うなぁ。小倉アイスのさっぱりした甘さと、黒蜜の濃厚な苦味が絶妙に調和している
また始まった。食レポから急転直下、自己憐憫の沼へと沈んでいく天然な主人。しかし、その手は休まることなく、次の獲物を狙っている。
幸いなことに、吾輩もまた、牛の身でありながら大の甘党である。ふと視線を落とした瞬間、吾輩はそのおこぼれ、いや、神聖なるおすそ分けに甘んじることに成功した。
口内に広がる、圧倒的な黒蜜の引力。
寒天の歯ごたえは、人間の人生の不条理さを一時的に忘れさせるほどに心地よい。小倉アイスは、舌の上で儚く消え去るが、その余韻は湯島天神の歴史のごとく深い。
主人は、国家資格という「未来の栄光」を追い求め、お守りという「届かぬ想い」に身を焦がし、そして今、あんみつという「現在の快楽」に溺れている。過去の歴史(明治から続く味)を消費しながら、未来の心配をする。人間とは、なんと時間軸の扱いが下手な生き物なのだろう。
「よし、次の試験も頑張るぞ。お守りも、いつか自然に渡せるさ」
あんみつを綺麗に完食し、謎のポジティブさを取り戻した主人が立ち上がる。現金なものである。神の加護よりも、糖分の補給の方が、人間の脳には即効性があるらしい。
吾輩は主人の後ろを歩きながら、静かに考察する。
彼が次の国家資格を取得する方が先か、それとも「お守り」を手渡せる日が来るのが先か。
その答えは、湯島の神のみぞ知る。ただ一つ確かなのは、どちらの結果になろうとも、主人はまたこの「みつばち」の黒蜜の引力に引かれ、戻ってくるということだけだ。
投稿者プロフィール


- 大富豪になっても結局食と旅
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吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。
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