原宿にひっそり佇むサーモンの殿堂『熊だ』でサーモン食べ比べに溺れる

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人間という生き物は、計画という名の脆弱な城を築いては、それが呆気なく崩れ去るさまを見て右往左往する。特に「食欲」という本能に支配された時の彼らの迷走ぶりは、見ていて実に微笑ましく、かつ哀れである。

吾輩は牛である。名前はモウモウ。

その日は、初夏の風がまだ残るものの、粘り気のある湿気が肌にまとわりつく酷く蒸し暑い夕刻であった。仕事を終えたご主人に連れられ、我々は明治神宮前(原宿)の駅に降り立った。ご主人は割と天然な気質を持つ人間であり、この日も「今日は絶対にフォーを食べるんだ。あのさっぱりしたスープが僕を呼んでいるんだよ」と、東郷神社の前を軽快な足取りで歩いていた。

目指すはアジアンフレンチの人気店「Pho 321」。しかし、辿り着いたその扉は冷たく閉ざされていた。定休日なのか、それとも気まぐれな臨時休業なのか。理由は判らない。ただ目の前にあるのは「閉まっている」という拒絶のFACTのみである。「えっ……なんで? どうして閉まってるの……?」と、途方に暮れて路頭に迷うご主人の姿は、放牧場から突然放り出された仔羊のようであった。

だが、欲望の挫折は新たな突飛な発想を生む。

佇むこと数十秒、ご主人の脳内で唐突に閃きが起こったらしい。「あぁ、そうだ! 原宿には『熊だ』があったじゃないか!」と、まるで最初からそこが目的地であったかのように表情を輝かせた。ベトナムの米粉麺(フォー)から、北海道や長野のサーモン丼への強烈な車線変更。人間の食の節操のなさを象徴する瞬間である。ご主人は嬉しそうに歩道橋を渡り、目的地へと足早に歩みを進めた。

明治通りを越え、原宿通り(竹下通りの喧騒から少し離れた、自称・閑静な❓通り)を奥へと進む。すると、暗がりの中にふと看板だけが現れるという一風変わった仕組みになっている。その看板はスポットライトを浴びており、路地の雑多な空気とは一線を画す、何やらオシャレな空間であることが容易に想像できた。地下へと続く階段を下りると、そこには魚介のテーマパークのごとき空間が広がっていたのである。

【サーモン丼専門店「熊だ」の構造と歴史】

原宿の地下に潜むこの店がどのような足跡を辿ってきたのか、事実(FACT)のクロニクルとして整理しておこう。

年月出来事(FACT)
2017年12月原宿通り(裏原宿エリア)の地下1階に、サーモン丼専門店「熊だ」オープン。
特徴・ウリ国産のブランド生サーモン(シナノユキマスや阿certainブランド)を産地直送で提供。鮮魚としてのサーモンの概念を覆すこだわり。
名物システム丼を食した後に、無料で提供される「特製出汁のお茶漬け」サービス。

ご主人は最初、券売機の前に立った時「長野県産の激レアな『シナノユキマス丼』にしようかな」と呟いていた。しかし、直前に土壇場で気が変わったらしい。結局注文したのは「サーモン三種食べ比べ丼」¥2190であった。やはり「せっかくなら色々試したい」という卑しいグルメ欲には勝てなかったようだ。吾輩も当然、彼と同じ「三種食べ比べ丼」を選択し、カウンターへと向かった。

案内されたのは、外の通りが見える窓際のカウンター席。ここで、ご主人の食レポと蘊蓄(うんちく)の爆撃が始まった。

ご主人

知ってる? サーモンって言ってもね、育つ水や種類で全く味が違うんだよ。特にこの国産の生サーモンは、冷凍の輸入サーモンとは細胞の水分量が違うわけ。つまりね、味が濃厚で……

ご主人が一人で窓の外を指差しながら熱弁を振るっている。吾輩はその言葉を右の耳から左の耳へと受け流しながら、ただ静かにその時を待っていた。

そして、カウンター越しに器が差し出される。

『着丼ドーンだ!!』

見よ! この上品なコクのありそうなサーモンたちの輝きを!

丼の上には、ピンク、オレンジ、そして白に近い淡い色彩のサーモンたちが美しいグラデーションを描いて敷き詰められていた。まさに海と川の宝石箱である。

吾輩は静かに箸を伸ばし、三色の小宇宙へと解剖の刃を入れた。

まずは「とろサーモン」。箸で持ち上げただけで、脂の重みが伝わってくる。口に運ぶ。……パク。

ほう、これは素晴らしい。まさにサーモン! これを待ってた、という王道の極みである。舌の上に載せた瞬間、体温で油脂分がふわっととろけ、上品でいて、それでいて濃密で濃厚な味わいが口内の粘膜全体を支配する。その官能的な舌触りは、かつて人間たちが自然界で味わっていたであろう、抒情美溢れる野性回帰の快楽そのものであった。

次に、白いサーモン。そう、信州が誇る清流の賜物「シナノユキマス(あるいは白サーモン)」である。

こちらは見かけ通り、鮭というよりは鯛のような上品で透明感のある味だ。脂の暴力で殴りかかってくるのではなく、すっと澄み切った清流の香りを残して消えていく。洗練された貴族のような味わいである。

ご主人は窓際のカウンターでひとり大騒ぎしている。彼の語彙力は相変わらず壊滅的だが、その表情は欲望を満たされた幸福感で満ち溢れていた。

ご主人

うわあ! とろサーモンが甘い! すごいよ口の中で消えたよ! こっちは鯛みたいに身が引き締まってる!

しかし、「熊だ」の恐ろしい仕掛けは、丼を平らげた後に待っていた。


スタッフから「お茶漬けのご用意ができますが、どうされますか?」と声がかかる。そう、ここは丼の残りのご飯(あるいは追加のご飯)に、特製の魚介出汁を注いでくれる無料お茶漬けサービスが存在するのだ。トッピングは明太子を選んだ。

吾輩は普段、お茶漬けというものをあまり食べない。米を出汁で流し込むという行為は、米粒に対する敬意を欠くように思えていたからだ。

だが、目の前に差し出されたお茶漬けを口にした瞬間、吾輩の浅薄な偏見は崩れ去った。

……これは、吾輩が知るお茶漬けの概念の、遥か彼方上を行く味である。

白濁した出汁は、魚介の強烈な旨味がこれでもかと凝縮されており、そこに明太子のピリッとした辛味と塩気が合わさることで、一品料理としての完成度を誇っていた。ただの〆(シメ)ではない。これは第二のメインディッシュである。温かい出汁が胃袋(第一胃から第四胃まで)にしみわたり、冷たい刺身で冷えた体内を優しく温めていく。

「お茶漬け最高……フォーが閉まってて逆に良かったかも……」などと、ご主人は前言撤回も甚だしい身勝手な感想を漏らしながら、出汁をズズズと啜っていた。計画の失敗を奇跡の成功へとすり替える、人間の脳の素晴らしい自己弁護機能である。

フォーを求めて原宿を彷徨い、辿り着いた地下のサーモン神殿。

窓際のカウンターから上の通りを見上げると、相変わらずじめじめとした初夏の湿気が街を覆っていた。しかし、極上のサーモンと温かな出汁で満たされた吾輩とご主人にとって、もはや外の不快な気候などどうでもよいことのように思えた。


人は予期せぬ挫折によってこそ、思わぬ名店に出会う。吾輩は4つの胃袋の中で反芻されるサーモンの脂の余韻を感じながら、天然なご主人の後ろを静かについて、原宿の夜の街へと消えていくのであった。

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投稿者プロフィール

モウモウ
モウモウ大富豪になっても結局食と旅
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。

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