銚子で食べれなかった鰯丼のリベンジ遂に達成したぞ

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人生には「未完了」という名の宿題がある。

吾輩にとって、それは鰯だった。

数年前、わざわざ銚子まで電車に揺られ、「今日は本場の鰯丼を食べるのだ」と胸を躍らせて向かったことがある。ところが海は見事に時化。漁船は出られず、鰯は一匹も揚がらなかった。目的地まで辿り着いておきながら、主役だけが欠席という、人生にしては出来すぎたコメディである。

銚子旅情編 鰯丼に見事にフラれた物語は下記で見れるので、一読をお勧めする

哲学者は「人は欠如によって欲望を知る」と言う。ならば吾輩は、鰯を失ったことで初めて鰯を愛したのだろう。

そのリベンジの舞台が、神田にある「いわし料理すゞ太郎」である。

同行者は吾輩のご主人。天然という才能を神様から与えられた人物だ。

「銚子で食べられなかったなら、神田で食べればいいじゃない。」

まるでマリー・アントワネットの親戚のような発言だが、不思議と核心を突いている。人間は遠回りした末に、案外近所で答えを見つける生き物なのかもしれない。

項目内容
特徴新鮮ないわし料理の専門店。刺身・たたき・フライ・煮付けなど、多彩ないわし定食をリーズナブルに楽しめる神田の人気店。
店内1階はカウンター席中心でテーブル席が少々。2階にも客席がある。
歴史公開情報では創業年などの確かな沿革は確認できなかったため、省略。

店頭にはメニュー表があるので確認する。うむ、確かに鰯があるらしい。吾輩は安堵した

暖簾をくぐると、店内はカウンター席が中心で、奥にテーブル席が少し。見上げると二階へ続く階段があり、どうやら客席は上にもあるらしい。昼どきの神田らしく、背広姿の常連らしき人々が静かに魚を頬張っていた。牛丼チェーンの回転率とは対極にある、ゆっくりと昼を味わう時間が流れている。

「いらっしゃい!」

女将さんの声が実に明るい。

店というものは、味だけでは半分しか完成しない。残り半分は、その店の空気を作る人なのだと吾輩は思っている。

さて、問題は注文である。

鰯と鰹の刺身定食か。

それとも鰯と鰹のタタキ定食か。

吾輩は真剣に悩んだ。隣でご主人は「どっちも魚だから大丈夫じゃない?」などと、議論を開始五秒で終わらせるようなことを言っている。天然とは、選択肢を減らす天才である。

悩みに悩んだ末、鰯と鰹のタタキ定食(¥1,120くらい) に決定。

そういえば鰹のタタキを食べるのは、高知へ旅して以来だった。旅の記憶とは不思議で、景色よりも味や匂いが突然よみがえる。人間の脳は写真より胃袋に保存容量を割いているのではないだろうか。

しばらくして定食が運ばれてきた。

そして——着丼ドーンだ!!

目の前には銀色に輝く鰯と、美しく炙られた鰹のタタキ。

吾輩は思わず箸を止めた。

「ついに会えたな。」


何年越しだろう。

銚子で叶わなかった約束が、神田で静かに果たされた瞬間だった。

まずは鰯を一切れ。

醤油をまとわせ、そっと口へ運ぶ。

……有無。

旨い。

脂は驚くほど上品で、舌の温度だけでゆっくりと溶けていく。青魚特有の香りは確かにある。しかしそれは「臭み」ではなく、「海の記憶」だった。潮風がそのまま刺身になったような透明感。噛むたびに甘味と旨味が何層にも重なり、口の中で小さな海が満ち引きを繰り返す。

続いて鰹のタタキ。

表面は香ばしく炙られ、中は深紅のレア。

生姜、ネギ、玉ねぎを少し乗せて頬張る。

高知で食べたあの日を思い出す。

藁焼きにも似た香りが鼻へ抜け、赤身の力強い旨味がどんと押し寄せる。鰯が月明かりなら、鰹は真昼の太陽だ。同じ海から来た魚でありながら、性格はまるで違う。繊細と豪快。その対比が一つの定食で完成している。

ご主人は黙々と食べている。

そして一言。

「魚ってこんなに甘かったっけ。」

天然の人は、たまに詩人になる。

味噌汁をすすり、ご飯をかき込み、また鰯へ戻る。この幸福な三角形は、永久機関ではないかと思うほど完成されていた。

吾輩は考える。


現代人は「高級なもの」を追い求めがちだ。しかし本当に心を震わせるのは、千円ちょっとの定食だったりする。幸福は価格表では測れない。むしろ期待を裏切るほど安い場所に、本物は潜んでいる。

食事を終え、お会計へ向かう。

すると女将さんが笑顔で尋ねてくれた。

「いかがでしたか?」

こういう問いかけは珍しい。

吾輩は間髪入れず答えた。

「めっちゃ美味しかったです!」

そして、以前銚子まで鰯を食べに行ったのに、海が時化で一匹も揚がらず、結局食べられなかった話をした。

女将さんは目を丸くし、それから優しく笑った。

「そうだったんですねぇ。うちの店を選んでくれてありがとう。」

その一言が胸に沁みた。

料理人は魚をさばく。

女将さんは人の心をほどく。

どちらも職人技なのだろう。

店を出ると、ご主人が満腹そうにお腹をさすっていた。

「次はどこ行く?」

吾輩は迷わず答える。

有明にあるミニチュアミュージアムTOKYOである。

大きな海の恵みを味わったあと、小さな世界を旅する。

人生とは実に妙だ。巨大な幸福は、ときどき手のひらサイズの寄り道によって完成する。そして吾輩という牛もまた、その寄り道を繰り返しながら、今日も少しだけ豊かな記憶を反芻するのである。

投稿者プロフィール

モウモウ
モウモウ大富豪になっても結局食と旅
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。

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