
ある日のこと、主人が会社の帰り道に妙な衝動に駆られたようで、ふと「フトラーメンが食いてえ」とつぶやいた。吾輩は今日ラーメンを食べたい気分ではないのだ。草さえあればよい。
しかし、主人はそうはいかないらしい。腹が減ると人間は妙に落ち着きを失う。吾輩が牧草地で仲間と穏やかに草を食んでいる間に、彼らは何やら騒々しい店に並び、熱い汁を啜り、時に涙を流す。不可解な生き物である。
とにかく、主人は目黒駅から徒歩一分の場所にあるという「麺屋 藤しろ」という店に吾輩を引きずり込んだ。

今日は店に入る気などさらさらないが、リードが外れないので仕方なく従う。店内は狭いが、何故か人間たちはその狭さをむしろ楽しんでいるように見える。カウンターに押し込まれ、吾輩は不本意ながらも主人の横で席を占めることとなった。
主人は迷わず「芳醇鶏白湯ラーメン」を注文した。吾輩は牛であるから、鶏の白湯などというものにさして関心はないが、主人が涎を垂らしながら待っている様子は、まるで牧場の子牛が乳桶に駆け寄る姿のようで、少し滑稽であった。
やがてラーメンが着丼ドーンだ!

確かに、見た目は美しい。白いスープは、吾輩が知っている牧場の朝霧のようで、コラーゲンたっぷりだというのも頷ける。主人はスープの色がどうの、香りがどうのと言って騒いでいる。だが、主人は一口啜るやいなや、目を閉じて「うまい!」と叫んだ。
スープは大山地鶏をベースに、仔牛の骨スジ肉やローストした牛バラで香ばしさを加え、さらに魚介で風味を加えているという。吾輩は牛である。同族の骨が煮込まれていると聞いて、複雑な気分になったが、主人はそんなことお構いなしにがつがつと啜り続ける。焦がしニンニクとショウガの香味油が絶妙だそうで、確かに店内には芳ばしい香りが充満している。

主人はトッピングの低温二段仕込みのチャーシューに感嘆し、煮タケノコを頬張り、高級九条ネギを味わっている。主人は「これが旨いんだよ」と吾輩にまで説明しようとする。無駄な努力である。
つけ麺はストレートな麺で、だし醤油に煮干しやかつお節、しいたけ、昆布の旨みが凝縮されているという。化学調味料は使っていないそうだ。吾輩は牛であるから、化学調味料が何かは知らないが、とにかく主人はまたしても夢中で食っている。
吾輩は呆れて見ていたが、ふと気がつくと、店主が吾輩に「牛さん、どうですか?」と話しかけてきた。吾輩は牛である。返事のしようもないが、とりあえず「モー」と鳴いておいた。店主は笑いながら「牛骨もスープに使ってるから、親近感ありますか?」と言う。吾輩は複雑な気分で首を振った。
ここのラーメンは醤油ベースの鶏白湯がしっかりときいたラーメンだ。だが、最初スープを啜るとしっかりと味わうことができるのだが、少しするとその味わいが急に逓減していくような感覚がある。味わいが長くは続かないような気がするのだ。これは個々で感覚が違うから何とも言えないのだが。
麺はしっかりしていての歯ごたえがある。及第点だ。トッピングも悪くない。だが個人的にスープのインパクトが少し足りない様に思うのは気のせいなのだろうか・・
主人はすっかり満足した様子で、最後に「女性にも人気だってさ」などと無駄な情報を付け加えた。吾輩は牛である。女性客の人気など、どうでもよい。ただ、早く牧草地に帰りたいと思った。
結局、主人はラーメンとつけ麺を平らげ、満足げに店を出た。吾輩は牛である。人間の食欲とは不可思議なものだと思いながら、再び駅前の喧騒に引きずられていくのであった。
投稿者プロフィール

- 大富豪になっても結局食と旅
-
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。
もっと詳細が知りたいもの好きなあなたはプロフィール欄の記事を読んで欲しい
最新の投稿
東京グルメ2025年6月29日目黒のラーメン「藤しろ」で鶏白湯ラーメンを。駅から1分腹減り族には最適解か!
English Blog2025年6月27日[Meguro] The exquisite pork loin cutlet at Kogane! A thorough review of the deliciousness of Hayashi SPF pork
東京グルメ2025年6月25日かつて東京一のラーメン屋の名前をほしいままにした荻窪【春木屋】で熱々のラーメンを
東京グルメ2025年6月20日着丼選手権優勝しそうなとんかつ屋【豚珍館】早い、安い、うまい 牛丼チェーンじゃないトンカツ屋とも言える