先日は、ご主人の有給の最終日であった。吾輩は、ご主人に付き添い、池袋へと足を運んだ。ご主人は、有給の最終日を、人波で賑わう池袋の喧騒から少し離れた場所で静かに過ごしたいようだった。目指すは「エソラ」という商業施設の中にあるらしい「梟書茶房」という店だ。池袋駅からエソラの中を少し歩き、エレベーターで4階に上がると、その店はひっそりと佇んでいた。

店内に入ると、外界の喧騒が嘘のように消え失せ、静謐な空気が吾輩を包み込む。なるほど、ここは本を読むためのカフェらしい。吾輩は、てっきり「スマホ禁止」のような厳格なルールがあるのかと思っていたが、そうでもないようだ。皆、思い思いにスマホをいじったり、読書に耽ったりしている。現代社会の寛容さ、あるいは諦めとでもいうべきか。いずれにせよ、吾輩のような思索を好む者には、ありがたい空間だ。
店内は、まるで森の中にある洞窟のような雰囲気がある。照明は控えめで、木製のテーブルや椅子が、温かみのある空間を作り出している。天井が高く、壁一面に本が並べられている。この空間は、本を読むにはこの上なく適しているだろう。
席に着くと、ご主人はすかさず鞄から一冊の本を取り出した。村上春樹の長編小説『騎士団長殺し』だ。ご主人は、この分厚い本を読み終えることを、この有給の最終日の目標に定めていたようである。吾輩は、その目標の遠大さに感心しつつ、メニューに目をやった。
ご主人は、吾輩に語りかける。「この店は、出版社であるドトールコーヒーグループの日本出版販売と共同で運営しているらしい。ドトールが培ってきたカフェ運営のノウハウと、日販の出版流通ノウハウを融合させた、まったく新しいコンセプトのカフェなんだ。だから、本と珈琲がここまで自然に融合しているのだろうな。それにしても、本棚に並んでいる本は、どれも吾輩の興味をそそるものばかりだ」
メニューには、この店の名物らしいパンケーキや、様々な軽食が並んでいる。パンケーキは見た目も美しく、インスタ映えしそうな雰囲気だったが、どうにも吾輩は食べる気がしない気分だった。そこで吾輩が選んだのは、**「ホウレンソウベーコンポテトのキッシュ」(税込1,273円)**だ。ご主人は、読書に集中したいのか、ホットコーヒーだけを注文した。

待つことしばし、吾輩の注文したキッシュが運ばれてきた。吾輩は、心の中で叫んだ。
着丼ドーンだ!!

この皿に盛られたキッシュの存在感は、まさに「ドーン」という言葉がふさわしい。キッシュの表面はこんがりと焼き色がつき、香ばしい匂いが漂ってくる。一口食べると、パイ生地はサクサク、中の具材はトロトロだ。ホウレンソウとベーコンの塩気、ポテトのほくほく感が絶妙に調和している。添えられたサラダも新鮮で、吾輩の健康的な食欲を満たしてくれた。
吾輩の食事が進む頃、ご主人の淹れたてのコーヒーが運ばれてきた。ご主人は、一口飲むと満足げに目を閉じた。「このコーヒーは、酸っぱくはないな。少しだけ苦みを施した、バランスの良いコーヒーだ。なんとなく、サンマルクのそれに似ている」ご主人の言葉を聞きながら、吾輩は一口もらってみた。確かに、深いコクとまろやかな苦みが、吾輩の疲れた心を癒してくれるようだった。

店内には、面白いコーナーがある。本のタイトルを隠して販売しているのだ。本の帯に書かれた「この本を手に取るべき人」というヒントだけを頼りに、本を選ぶ。まさに、本との一期一会だ。ご主人は、「この店は、ドトールやスタバとは違う、本という知的な欲望を満たす場所なのだ」と、またもや嘯く。吾輩は、ご主人の言葉を静かに受け止めた。
吾輩は、この店の何が素晴らしいのか、ふと考えた。それは、美味しい食事や飲み物だけではない。この店は、本を読むという行為を、より豊かなものにしてくれる。そして、本を読まない者にも、本という文化の奥深さを感じさせてくれる。吾輩は、本を読まずとも、この空間にいるだけで心が満たされていくのを感じた。
ご主人は、この店で過ごした時間を、心の底から満喫したようだ。有給の最終日という、つかの間の非日常を、この上なく贅沢な形で締めくくった。吾輩は、この「梟書茶房」を、またいつか訪れたいと思った。
投稿者プロフィール

- 大富豪になっても結局食と旅
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吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。
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