吾輩は、かねてよりご主人の間で話題に上っていた、群馬名物の「ひもかわうどん」というものに興味を抱いていた。その発祥とされる「花山うどん」が東京にも支店を出しているというので、ある日、吾輩はご主人を伴い、その店を訪れることにした。
ところが、世の中はそう甘くはないものだ。吾輩たちが某支店にたどり着いたのは、閉店間際の少し遅い時間だった。店の前にはまだ多くの人が並んでおり、吾輩たちは最後尾についた。しかし、吾輩たちが並んだところで、スタッフの年配の女性が店の前まで出てきて、吾輩たちの目も見ずにこう言い放った。「はい、もう今日はここで終わり。もう入れないよ」。まるで、吾輩たちを追い払うかのような、そっけない態度だった。
吾輩も、数々の飲食店の無礼慇懃な対応に遭遇してきたが、なぜだかこの時ばかりは、ひどく腹立たしかったのを記憶している。炎天下の中、駅から汗だくで歩いたからか、それとも遅い時間で腹が減っていたからか。理由は定かではないが、とにかくその対応は無いだろうというのが、その時の吾輩の率直な感想だった。ご主人も、微妙な顔をして「ひもかわうどん、冷たいの食べたかったな」と、力なくボソっと呟いた。
その瞬間、ご主人の顔がパッと明るくなった。吾輩にはトンと見当もつかなかったが、ご主人は「そうだ、この腹立たしさを解消する方法があったぞ。しかも、ひもかわうどんも食べられて」と、まるで名案を思いついたかのように得意げに語る。そのご主人の行動力と、静かにキレた時の発想力には、いつも感心させられる。
ご主人の計画はこうだ。東京の支店がダメなら、日を改めて群馬の本店に行ってやろうじゃないか、というものだった。そして数日後、吾輩たちは再び旅に出た。東京駅から久喜駅まで電車で行き、そこから東武線に乗り換え、館林で降りる。

片道2時間近い。これは、うどんを食べて帰ってくるだけにしては、些か大掛かりな旅だ。交通費は往復だけで3000円近い。旅程に組み込まれた観光スポットは皆無。吾輩は、この食事代と交通費が、もしかしたら同じくらいではないのだろうかと、静かに考察していた。

11時20分、吾輩たちはようやく館林駅に降り立った。閑静な街並みを歩き、花山うどん本店へ。すでに4組が並んでいる。東京の支店での仕打ちを思い返すと、この行列も、妙にありがたく感じられた。
館林といえば、「しょじょじの鐘」で有名な街。つまり狸だ。店構えも、どこか狸を彷彿とさせるような、愛嬌のある雰囲気がある。待つことしばし、吾輩たちは店内へ通された。



店に入ると、東京の支店とは、接客がまるで違うことに気づく。スタッフは全員が笑顔で、ホスピタリティに溢れている。ご主人は、それを確認するかのように、吾輩に満足げに語りかける。「どうだモウモウ。ここの接客は全然違うだろ?わざわざここまで東京から来た価値があったってもんだろ?」ご主人の顔は、東京での仕打ちをすっかり忘れたかのように、晴れ晴れとしている。
吾輩は、ご主人に頷きながら、メニューを眺めた。吾輩が注文したのは、店の一番人気である「鬼ひもかわの冷たいの」(税込1,100円)だ。ご主人は「東京で食べられなかった借りを、ここで返してやる!」と、まるで雪辱戦に挑むかのように意気込んでいる。
そしてついに、吾輩の前にそれはやってきた。
着丼ドーンだ!!

…しかし、目の前に置かれたその姿は、吾輩の想像をはるかに超えていた。直径20cmはあろうかという、狸の形をした大きな器に、きしめんの幅をはるかに超える、幅5cm以上の平たい麺が、美しく盛り付けられている。まさしく、その存在感は「ドーン」という擬音がふさわしい。

一口すすると、うまい。つるりとした喉越しと、モチモチとした食感が、吾輩の舌を喜ばせる。冷たいつゆと、この幅広いうどんの相性は抜群だ。吾輩は、この狸の器が気に入り、帰りに買って帰ろうかと思ったほどだ。

ご主人は、吾輩の食べっぷりを見て、さらに上機嫌になった。「ここのうどんはな、明治27年創業という伝統の味なんだ。この鬼ひもかわは、その伝統を現代に蘇らせた、まさに傑作と言えるだろうな」
それを聞いていつものように吾輩調べが始まった。以下は吾輩の独自調べだ
- 創業:明治27年(1894年)
- 本店所在地:館林駅から徒歩1分
- 特徴:極太麺の「鬼ひも川うどん」で知られる、群馬を代表するうどん店
- 群馬県東部(特に館林)で親しまれている幅広のうどん。
- 通常のうどんとは異なり、麺の幅が数センチにも及ぶことが特徴。
- 花山うどんでは、さらに進化した「鬼ひも川うどん」を提供。
- 極太でインパクト抜群。
- ツルツルとした喉越しとモチモチの食感が魅力。
- 見た目のインパクトから「映えグルメ」としても人気。
- 🏆 受賞歴:うどん天下一決定戦三連覇!
- 花山うどんの「鬼ひも川うどん」は、うどん天下一決定戦で三連覇を達成。
- その味と見た目のインパクトが高く評価され、全国的な知名度を獲得。
- 食べログ「うどん百名店」にも選出されている。
一般的に「日本三大うどん」とされるのは以下の3つ:
| 名称 | 地域 | 特徴 |
|---|---|---|
| 讃岐うどん | 香川県 | コシが強く、つるっとした食感 |
| 稲庭うどん | 秋田県 | 細くてなめらかな手延べ麺 |
| 水沢うどん | 群馬県渋川市 | 白くてコシがあり、つゆとの相性が良い |
※館林の「ひもかわうどん」は三大うどんには含まれないが、群馬県のもう一つの名物うどんとして注目されてるようだ。
食事を終え、ご主人はお土産を物色し始めた。吾輩も、旅の記念にと、ひもかわたぬきのキーホルダーを一つ購入した。帰り道、ご主人の顔は、東京での屈辱を晴らしたかのように、ハレバレしているようだった。こうして吾輩とご主人の、うどんのためだけに片道2時間以上を費やす、珍妙な旅は幕を閉じた。

恐らくだが食事代よりも電車代の方が高かったではないかと、吾輩は訝ってしまうのであった。それでも主人は満足した顔をしていたので、これもいい体験だったのだろう。
東京の屈辱が気にならないほど、この店のホスピタリティーにすっかりファンになってしまったのだった。
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