新宿ゴールデン街の煮干哲学】「凪」の超絶濃厚スープは、なぜ期待値を超越しないのか?〜哲学する牛が見た「20種の煮干し」のアイロニー〜

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新宿という巨大な人間の欲望の迷宮。その中でも特に異彩を放つゴールデン街の、猥雑なる路地裏に、吾輩はいつものように迷い込んだ。

事前に地図を脳裏に焼き付けたはずなのに、この混沌とした空間では、知識も理性も、ただのノイズと化す。吾輩の視覚は、看板の光と、酔客の影に惑わされ、店の前を何往復もしてしまうという、滑稽な反復運動を強いられた。これは、現代人が真理を求めながら、結局は自らが作り出した虚構の世界で周回を続ける、あの救いようのない状況のメタファーではないか。

やがて、その店——「すごい煮干ラーメン凪」——の、急な階段を見つけた。まるで、深淵なる哲学へと誘う、狭隘で、垂直な思考の道筋だ。

店内に足を踏み入れれば、そこは予期していた通り、人間サイズの檻。狭いカウンターの店内は、二酸化炭素と、煮干しの微細な粒子、そして、この空間を支配する二人の男の静かなる闘志で満ちていた。スタッフは2人で切り盛りしている。この非効率的にも見える空間で、二人の人間が、流れるような無駄のない動きで、一杯のラーメンという「世界」を構築している。この極度の集中こそが、人間の持つ美意識の一つの頂点である。

煮干し。それは、かつて大海を泳いだ、名もなき小魚たちの集合的な「魂」である。彼らは、自らの存在を凝縮させ、一滴のスープの中に、荒々しい生命の記憶を刻印する。凪が二〇〇四年、このゴールデン街の八階で、たった火曜日だけの間借り営業からその神話を開始したという経緯は、煮干しというマイナーな食材に、突如としてスポットライトを当て、それをメジャーな存在へと押し上げた、人類史における小さな革命の物語だ。

吾輩は券売機の前で、自らの食欲と、この店の威信に対する期待値を、数値化して決定する。

そして、ついにその瞬間は訪れた。

「…これこそが、煮干しの集積、生命の濃縮。『着丼ドーンだ!!』

店内に響き渡る、吾輩の内なる雄叫び。

眼前に運ばれたのは、確かに灰色にも見える、粘度の高い液体だ。スープの表面には、煮干しのアブラと粉末が、まるで宇宙の塵のように浮遊し、その香りは、鼻腔を通り越して、脳の奥底の記憶中枢を直接叩く。「来た。確かに濃そうなラーメンだ」。その第一印象は、重厚な哲学書を開いた時の、あの圧倒的な存在感に酷似している。

しかし、吾輩は一口啜り、静かに目を閉じる。

ここで、哲学はアイロニーを伴い、吾輩の舌に襲いかかってきた。

だが、意外とそこまで濃くない。

いや、正確には「煮干し」の濃度という点においては極めて高い。だが、吾輩の抱いていた、この店の「すごい」という形容詞、そして「二〇種類以上の煮干しをブレンドしている」という謳い文句に対する期待値が、あまりにも肥大化しすぎていたのかもしれない。

これは、真理の探求と似ている。人間は、純粋な真理の「エグみ」や「苦味」を求めて深淵を覗き込むが、実際に目の前に現れた真理は、あまりにも整然としており、期待していたほどの狂気や混沌がない。いや、もうちょっと期待度からして、少し下回った感じもする、と、吾輩は正直に内省せざるを得ない。この煮干しのスープは、人間の感性が、自らの定義した「濃厚」の極限に達することを、自らで拒否しているかのようだ。完璧な煮干しのスープは、人間の舌を破壊しかねない。故に、この「凪」のスープは、破壊の一歩手前で、意図的に抑制されているのではないか。

手揉み太麺は、強烈な煮干しの引力に屈することなく、その反骨精神を貫いている。そして、その中に浮かぶ「一反麺」——幅広の帯のような麺は、人生における「広い道」のメタファーか。時に、細く曲がりくねった道こそが、真の美味へと繋がる。

吾輩は、麺を啜り、スープを飲み干す度に、自己の期待と、現実の美味とのギャップを静かに考察した。

この一杯は、煮干しの魂を濾過し、極限まで濃縮した哲学のエッセンスである。だが、真の哲学がそうであるように、その深淵を覗き込んだ者に対して、「期待」という名の浅はかな感情を、静かに裏切ることで、人間存在のアイロニーを突きつける。

吾輩は、この煮干しの海を飲み干し、静かに立ち上がる。この店の真の「すごさ」は、煮干しの濃度ではなく、人間の飽くなき探求心が生み出した、この「裏切り」の哲学にあるのだ。

投稿者プロフィール

モウモウ
モウモウ大富豪になっても結局食と旅
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。

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