さて、ご主人の無軌道な歩みに付き従うこともなく、吾輩は写真愛好家にして自由気ままの権化、payaと原宿の地を踏んだ。この街は、絶えず「今」という一過性のファッションを生産し、消費する巨大な舞台装置だ。誰もが己の「個性」という名の皮膚を脱ぎ捨て、流行という名の規格服に袖を通す。群れの中でのみ安心を見出す羊たち。この光景を反芻しながら、吾輩の胃袋は空虚な哲学ではなく、もっと根源的な欲求――すなわち「豚骨」を求めていた。
payaは常に光を探している。彼の人生は旅とサッカーと、そして美味しいものへの執着によって編まれている。彼は胃袋という名のシャッターを押し続ける者だ。
「モウモウ、ここでだよ。この看板のフォントからして、ただ者ではない匂いがするなぁ」
payaが指さしたのは、表参道の喧騒から一歩入ったビルの「九州じゃんがららあめん 原宿店」だ。この店舗は、単なるラーメン屋ではない。そこには、一つの壮大なアイロニー、いや、哲学が潜んでいる。
学び舎からスープ釜へ
まず、この店のルーツを考察せねばなるまい。九州じゃんがららあめんが1984年に秋葉原で創業した際、その母体は驚くべきことに、進学補習教室**「ブルカン塾」**だったという。
知識の錬成の場であった塾が、なぜ豚骨スープの製造所へと変貌したのか?
吾輩は、これこそが人間存在の根本的なメタファーだと考える。知識(ブルカン塾)は理想を追い求めるが、現実の経営(胃袋)は待ってくれない。頭でっかちの思考だけでは生きていけないのだ。彼らの創業は、理念を形作るための起死回生の「飯の種」であり、知の探求が胃の充足という世俗の現実に敗北(あるいは融合)した瞬間を示している。
東京という文化圏が濃厚で野生的な豚骨を受け付けないという「試練」の中、創業者は「じゃんがら」というマイルドな豚骨スープを誕生させた。これは、自らの理想を世間という名の市場に合わせるための「知恵」だ。その後、4年を経て理想の濃厚スープ「ぼんしゃん」を生み出す。ここに、彼らの魂の歴史を見る。まず「妥協(じゃんがら)」で地盤を固め、その後に真の理想(ぼんしゃん)を追求する。なんと人間的で、そして痛ましいほどに現実的な物語ではないか。
豚骨の二律背反
店内で席につき、payaと吾輩は迷わず二つの柱を注文した。濃厚豚骨の「ぼんしゃん」と、マイルド豚骨の「じゃんがら」だ。吾輩たちの探求は、知識の二律背反を食の領域で試すという、壮大な実験なのである。
payaは言った。「濃厚な方が、九州の『原点』を写し取っているはずだ。私は真実を写したい」
彼の「真実」とは、常にレンズを通した過剰なまでの美しさだ。彼にとって「濃厚さ」は「深み」であり、「歴史」であり、「絵になる被写体」なのだろう。しかし、吾輩は知っている。真実は往々にして、退屈で、控えめなものだということを。
そして、カウンター越しに静かに待つこと数分。湯気が哲学的な霧のように立ち上り、目の前に運ばれてきた。
『着丼ドーンだ!!』

まずはpayaが熱烈に推した「ぼんしゃん」から。確かにそのスープは粘度が高く、強烈な乳化が豚骨の野性味を誇示している。一口啜れば、そこには「俺が豚骨だ!」と叫ぶかのような、濃厚な自己主張がある。これはこれで素晴らしい。力の美学だ。
しかし、吾輩は静かに、もう一方の「じゃんがら」を啜った。
ジャンガラに軍配があがった理由
結果から言えば、吾輩の静かな考察は、「じゃんがら」に軍配を上げるという結論に至った。payaは濃厚な「ぼんしゃん」の器を抱え、感動に打ち震えていたが、吾輩は真の普遍性を「じゃんがら」の中に見出したのだ。
「ぼんしゃん」は、あまりにも「博多豚骨の理想形」であろうとしすぎている。それは創業者が追い求めた熱狂的な夢、あるいはブルカン塾の初期の「絶対的な知識」への渇望に似ている。濃厚さという名の重力に引かれすぎている。
対して「じゃんがら」はどうか。
それはマイルド、つまり「世間との調和」の産物だ。しかし、この調和こそが、真の豚骨の強さなのだ。
臭みを極限まで削ぎ落とし、乳化の角を取り、軽やかな飲み口でありながら、しっかりと豚骨の深遠な旨味だけを舌に残す。それはまるで、多くの経験と挫折を経て、無駄な感情を排した後の、円熟した哲学者のようなスープだ。
麺を啜り、辛子高菜を少量加え、その変化を楽しむ。刺激は一瞬のスパイスに過ぎないが、スープの骨格は揺るがない。
これぞ、豚骨ラーメンだという感じだ。
豚骨とは、野生の叫びであると同時に、静かなる力の象徴でなければならない。過剰な脂や臭みは、己の存在証明に必死な若者の熱狂に似ている。「じゃんがら」は、その熱狂を一度濾過し、洗練させた上で、なお生命の根源的な力を内包している。それは、牛という存在が持つ、静かで揺るぎない確固たる大地のような力に通じるものがある。
「じゃんがら」は、東京という巨大な異文化に乗り込むために、創業者が敢えて一歩引いた「謙譲の美徳」だったが、結果的にその謙譲が、豚骨の持つ普遍的な魅力を解放したのだ。理想(ぼんしゃん)を超えたのは、調和(じゃんがら)だったという、なんともアイロニーに満ちた結論だ。
payaは満足げに器を空にし、店の構造や光の具合をスマートフォンで撮影し始めた。彼にとって、食とは一瞬の美を切り取る行為にすぎない。しかし、吾輩にとって、この一杯は、歴史、経営、理想、そして人間と豚骨の間に存在する壮大なメタファーを考察する、貴重な機会であった。
今日もまた、吾輩は一歩、世界を深く理解した。すべては豚骨のスープの中にある。
投稿者プロフィール

- 大富豪になっても結局食と旅
-
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。
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