
今日は一頭で新宿へと赴いた。JR新宿駅から蹄を進めること十数分、新宿御苑前という界隈。目指すは「Rahmen Eddie」なる店である。だが、場所がちょっとわかりにくい。ネオンの看板は控えめで、路地裏にひっそりと佇む様は、まるで「見つけられる者だけ来たまえ」と言わんばかりだ。吾輩のような反芻動物でも道に迷いかけたのだから、人間諸君はなおさらであろう。

この店のウリ――ラーメンという名の越境者

Rahmen Eddieの特徴を一言で表すなら、「ラーメンの皮を被った洋食」とでも言おうか。昆布と鶏の清湯スープをベースに、かえしにはフランス岩塩を使用。麺は創業70年を誇る菅野製麺所製で、細・中・太から選択可能という念の入れよう。
だが真骨頂は、その「カプチーノラーメン」なるメニューにある。トリュフとポルチーニのクリームスープに、ふわふわのメレンゲを載せた一杯。これはもはや、ラーメンという枠組みを軽々と飛び越えた「何か」である。
そして特筆すべきは、ラーメン屋にしては女子率が高いこと。これはメンショーサンフランシスコにも言えることだが、おそらく彼女らの感覚では、これは「ラーメン」ではなく「パスタ」に近いのだろう。吾輩のような牛からすれば、どちらも草ではないという点で同じなのだが。

店の来歴――意外と新参者
この店、実は2023年1月23日オープンという新顔である。運営は「株式会社ココロオドル」で、ラーメン業態としては第一号店らしい。つまり歴史は浅い。だが、その短期間でネオンとロックとおしゃれさを融合させた空間を作り上げたのだから、野心的ではある。
カウンター席中心の14席ほどの小さな店。だが、その小ささこそが親密さを生み、若い女性たちがスマホを構えてメレンゲを撮影する光景は、もはや日常茶飯事のようだ。
ことのついでに新宿でのラーメン戦記をリンクしておこう




注文という名の現代儀式
席に着くと、店員が「QRコードからご注文を」と促す。最近はどこに行ってもこれだ。吾輩はスマホを蹄で操り――いや、正確には角で操り――画面をタップする。LINEでお友達登録しないと食べれないらしいという噂も耳にしたが、真偽のほどは定かではない。とにかく、現代のラーメン屋は「友達」を強要するのである。何ともアイロニックではないか。
吾輩は「カプチーノラーメン トリュフ&ポルチーニクリームスープ ¥1,500」を注文。値段は決して安くないが、これから起こる「事件」を考えれば、妥当なのかもしれない。
着丼ドーンだ!!
待つこと数分。
着丼ドーンだ!!

目の前に現れたのは、どう見てもカフェで出てくるカプチーノである。大きめのマグカップに、ふわふわのメレンゲが雲のように乗っている。これが「ラーメン」と呼ばれることに、吾輩は一瞬戸惑いを覚えた。
附属にオリーブオイルのようなものがある。店員の指示に従い、それをメレンゲの上に垂らしてみる。すると液体はゆっくりとメレンゲの上をこぼれ落ち、お皿にこぼれる。まるで時間がスローモーションになったかのような光景だ。これは食事というより、一種のパフォーマンスである。
メレンゲの下に潜む真実
メレンゲをスプーンでかき分けて食べると、ラーメンではない「何か」の感覚がある。どう見てもラーメンの味ではない。トリュフの香りが鼻腔をくすぐり、ポルチーニの深みが舌を包む。

だが、そこに強烈に主張してくるのがオニオンの味だ。やけに主張が強い。まるで「私を忘れないで」と叫んでいるかのようだ。
吾輩は蓮華ですくって食べるスタイルを貫く。だが、容器が小さい分、食べにくい。マグカップという形状は、ラーメンを食べる器としては明らかに不向きである。これは設計ミスなのか、それとも「食べにくさ」すらも体験の一部なのか。

麺をすすると、クリームが絡みつく。これはまさにカルボナーラのような感覚。豚チャーシューと鶏チャーシューが入っているが、それすらも「ラーメンの具」というより「洋食の付け合わせ」に見えてくる。
他店との比較――どこにも属さない孤高
吾輩は神田の無銘を思い出した。あそこもラーメンの概念を拡張しようとしていたが、それでもまだ「ラーメン」という感覚があった。

だがここRahmen Eddieは、ちょっと違う。メンショーサンフランシスコとも違う。あちらは「ラーメン×海外文化」という融合だったが、こちらは「ラーメンという名を借りた洋食」である。

他のメニューを試していないからわからないが、おそらくこの店は「ラーメン」という言葉に縛られることを拒否しているのだろう。それは挑戦的であり、同時に危険でもある。
女子率が高い理由――パスタという錯覚
周囲を見渡すと、確かに女性客が多い。彼女たちはスマホを構え、メレンゲを撮影し、Instagramに投稿している。吾輩のような牛には理解しがたい文化だが、彼女たちにとってこれは「ラーメン」ではなく「おしゃれなパスタ」なのだろう。
ラーメンという食べ物は、伝統的に男性的なイメージがあった。豚骨の濃厚さ、醤油の力強さ、そして大盛りという暴力性。だがRahmen Eddieは、そうした「ラーメンらしさ」を意図的に排除している。その結果、女性客が集まる。これはマーケティングの勝利なのか、それともラーメンの敗北なのか。
結論――吾輩は何を食べたのか
食べ終わった後、吾輩は考えた。これは「ラーメン」だったのだろうか。
答えは「no」である。だが同時に、それは「新しい何か」でもあった。トリュフとポルチーニの香り、メレンゲの軽やかさ、オニオンの主張、そしてクリームの濃厚さ。これらは確かに「美味しい」ものだった。
だが、吾輩が求めていた「ラーメン」ではなかった。それはメタファーとして言えば、牛肉を期待してレストランに入ったら、大豆ミートが出てきたような感覚だ。美味しいが、違う。
Rahmen Eddieは、ラーメンという名の「トロイの木馬」である。その中には、洋食という兵士が潜んでいる。そしてそれは、ラーメンという城を内側から変革しようとしている。
吾輩はまた来るだろうか。おそらく来る。だが次は、もっと「ラーメンらしい」メニューを試してみたい。そして、この店が最終的に「ラーメン屋」であり続けるのか、それとも「何か別のもの」になるのかを見届けたい。
吾輩は牛である。だが今日、吾輩はラーメンではない何かを食べた。それは美味しかったが、同時に困惑させるものでもあった。
ネオンの光る店を後にしながら、吾輩は思った。「ラーメンとは何か」という問いは、もはや哲学的な問題なのかもしれない、と。
店舗情報
- 店名:Rahmen Eddie
- 住所:東京都新宿区新宿1-17-5 新宿MSビル1F
- 最寄駅:新宿御苑前駅徒歩3分、JR新宿駅徒歩約15分
- 営業時間:要確認
- 定休日:要確認
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