【銀座】昭和レトロな老舗「銀座イタリー亭」を哲学する牛が往く

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吾輩は牛である。

牛であるのだが人間の機微に敏感に反応する生物でもある。人間という生き物は、効率という名の車輪に追われ、日々を刹那的に消費している。銀座という、資本主義の血流が最も激しく脈打つ街において、その傾向は顕著だ。しかし、その喧騒の地下深く、あるいは狭い路地の奥には、時間が凝固したかのような時空の歪みが存在する。

とある仕事をこの界隈で重ねるうちに、吾輩は奇妙な引力に導かれ、この「銀座イタリー亭」へと吸い寄せられていった。そして気付けば、常連の方々、さらにはお店のスタッフとも顔見知りになるという、牛の生を授かって以来、最も稀有な関係性を築くに至ったのだ。スタッフから「次はいつお見えになるのですか?」などと声をかけられるたび、吾輩は己の黒い鼻を誇らしげに鳴らしたものだ。彼らは牛の歩みに、一体どのような哲学を見出していたのだろうか。

特に、吾輩が密かに「会長」と呼んでいる御仁がいた。毎日、判で押したように顔を合わせ、挨拶を交わす。その姿は、この銀座というコンクリートのジャングルにおける、一種の定点観測のようでもあった。

ここで、この老舗が紡いできた時間の堆積を、事実という名の冷徹なクロニクルとして整理しておく必要がある。人間たちの歴史は、往々にして誇張されがちだが、ここに記すのは純然たる真実である。

「銀座イタリー亭」の歩み

年月出来事(FACT)
1953年(昭和28年)銀座にて創業。当時としては先駆的なイタリア料理店として産声を上げる。
1955年(昭和30年)頃日本の食文化に「ピザ(ピッツァ)」を普及させる先駆けとなる。

昭和28年。日本が戦後の傷跡から立ち上がり、モダンな西洋文化を貪欲に吸収しようとしていた時代から、この店は銀座の地を見つめ続けてきたのだ。

扉を開けると、そこには昭和の残り香が濃密に漂う、レトロで中々雰囲気のある落ち着いた空間が広がっている。壁に刻まれた無数の傷や、セピア色に煤けた調度品は、流行り廃りという名の残酷な時の洗礼を耐え抜いた証だ。

席に着くと、まずは前菜として瑞々しい野菜が運ばれてくる。この、主役を迎えるための厳かなプロローグ。胃袋を優しく愛撫するような緑の儀式が、これから始まる美食への期待を膨らませる。

吾輩が注文したのは「小柱とアボカドのスパゲッティ Sサイズ(1600円)」

そう、ここでは「パスタ」などという、現代の気取った横文字を使ってはならない。これは「スパゲッティ」なのだ。フォークで巻き取るという行為そのものに、昭和のロマンが宿る、あのスパゲッティである。

厨房からの小気味よい音が止み、静寂が訪れる。

『着丼ドーンだ!!』

イタリアンの皿に対して「着丼」という表現を用いるパラドックス。しかし、吾輩の脳内には確かにその重量級の衝撃が走った。

皿の上で、小柱の乳白色とアボカドの鮮やかな緑が、完璧な色彩のコントラストを描いている。フォークを入れ、口へと運ぶ。

……素晴らしい。一口目の印象は極めて「あっさり」としている。しかし、咀嚼を重ねるごとに、小柱から染み出た海の滋味と、アボカドの濃厚なバターのようなコクが、ソースと絡み合って怒涛の勢いで押し寄せてくる。決して重すぎない。しかし、確実に記憶の底に刻み込まれる、中々味がしっかりついた、オイシイという言葉では軽すぎるほどの完成度だ。

私の敬愛する会長は「あさりとオオバのスパゲッティ」を熱狂的に愛しており、驚くべきことに毎日それを食べているのだという。毎日、同じものを食べる。それは退屈の極みだろうか? 否、それこそが至高の洗練であり、ルーティンという名の宗教的儀式なのだ。

食後には、丁寧に淹れられた珈琲が運ばれてくる。その深い苦味とコクを味わっていると、ここがイタリア料理店であることを一瞬忘失しそうになる。どことなく、古き良き純喫茶の味わい、あの特有の哀愁と安らぎがこの一杯に、そしてこの空間全体に満ちている気がするのだ。

しかし、この日のハイライトは、味覚の快楽だけでは終わらなかった。

お会計の段になり、吾輩が財布(あるいはそれに代わる何か)を出そうとすると、店員は静かに微笑んだ。常連さんの「ツケ」でいい、と。

なんと甘美で、同時に恐ろしい響きだろうか。貨幣経済という冷徹なシステムの隙間に咲いた、信頼という名の徒花。吾輩は一銭も支払うことなく、その場を後にしたのだ。もちろん、後日しかるべき形でお礼を尽くしたが、改めてこの紙面上、いや、吾輩の脳内モノローグの場を借りて、あのときの計り知れないご厚意に深く頭(こうべ)を垂れたい。

それにしても、人の縁(えにし)とは、つくづく不思議なものである。

まぁ、吾輩は牛なのだが。

人間たちは、縁がつなぐ未来にこそ、この世に生まれて良かったのだと、心の奥底で改めて思うのだろう。しかし、多忙な資本主義社会という名の、終わりのない回し車を走らされている我々は、普段からそのことにあまり意識を向けることは無い。数字や効率、時間という目に見える記号に追われ、最も大切な「他者との結びつき」を素通りしてしまう。

だが、あの昭和レトロな地下空間で交わされた、挨拶や、スタッフの笑顔、そして「ツケでいい」という言葉の裏にある絶対的な肯定感。そこにこそ、人間が、あるいは生命が生きるための真理が隠されているのだと思う。スパゲッティの小麦の香りに巻かれながら、吾輩はそんなことを静かに考察していた。


満ち足りた胃袋と、それ以上に満たされた心を抱え、吾輩は銀座の冷たいアスファルトの上へと戻っていった。ネオンの光は眩しかったが、吾輩の心には、あの地下の温かな灯りがずっと灯り続けていた。

投稿者プロフィール

モウモウ
モウモウ大富豪になっても結局食と旅
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。

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