
吾輩は牛である
「シルバーウィークという名の大型連休がやってくる」
そう言って、我が友人であるフィリップが浮足立っていた。警備員という夜間労働の重圧と、家庭内における妻および大学生の息子からの暗黙のプレッシャーにより、彼の顔面には常に深海魚のごとき疲労が沈殿している。おまけに彼は「金がない」という状態が人生の標準スペック(デフォルト)として固定化されている男だ。
そんな彼が
フィリップ気休めにどこかへ連れて行ってくれ。ちょっと欲しいものがあるので買い物にも付き合ってくれよ
などと言うではないか。曖昧極まりなく、かつ面倒くさい要望を吾輩に投げつけてきた。吾輩は彼の問いかけに対して最大のリターンを返さねばならぬ義理など微塵も持ち合わせていない。それにもかかわらず、彼は吾輩を「コインを入れると自動で最高の娯楽が出てくる自動販売機」か何かだと誤解している節がある。まったく、吾輩の平穏な思索の時間はどこへ消失してしまったというのだ。
「で? どこに行くんだよモウモウ」
フィリップは無精髭(ぶしょうひげ)の生えた顎をさすりながら、吾輩の眉間に不躾な視線をぶつけてくる。どうやら彼には、何か具体的に買い求めたい代物があるらしい。ならば、ということで吾輩がロックオンしたのが、東京都町田市の南端に位置する『南町田グランベリーパーク』である。フィリップが何を所望しているのかは知らんが、ここなら何かしら彼の望むものを手に入れられるのではないか?吾輩はそう考えたのだ。この時点までは。
なにせここは、ただのショッピングモールではない。一駅まるごとが巨大な商業空間と公園によって再構築された、規格外の都市設計エリアなのだ。その広大な敷地面積とスケール感たるや、埼玉の覇者『イオンモール越谷レイクタウン』
や千葉の要塞『モラージュ柏』『セブンパークアリオ柏』に匹敵すると言っても決して過言ではないだろう。
しかし、天は吾輩のささやかな外出を容易には祝福してくれなかった。
決行当日、日本列島に接近した台風の煽りを受け、空からは情赦ない雨が降り注いでいた。面倒くさい天気の日に、面倒くさい困窮した男を連れ、混雑の極みに達しているであろう巨大モールへ出向く。これほどまでに脳の報酬系を刺激しない苦行が他にあるだろうか。
だが、吾輩もタダで引き下がる牛ではない。ちょうど長年愛用してきた footwear(シューズ)の底が擦り減り、いよいよ引退の時期を迎えていたのだ。靴の買い替えという実利を得るための好機と捉え、吾輩はこの憂鬱な雨をポジティブに消化することにした。
田園都市線の車内でフィリップと合流し、ガタゴトと揺られながら我々は『南町田グランベリーパーク駅』へと降り立った。


改札を抜けた瞬間、そこはすでに「モールの中」であった。駅のホームからコンコース、そして商業エリアへの接続がシームレスすぎて、自分がいつ「街」に入ったのかすら定かではない。その街はハロウィンを推していた





おいおい……なんだよこれ、どこ行けばいいんだ? 広すぎてさっぱり意味が分からねぇよ
駅前に設置された巨大なエリア案内マップを見上げながら、フィリップが眉間にしわを寄せてブツブツと呟いている。彼の視線は、極度の疲労と情報過多によって焦点を失っていた。


確かに、この広大な要塞の全貌を一朝一夕で把握するのは不可能に近い。ここで一度、この『南町田グランベリーパーク』がどのような歴史的経緯を経てこの巨大要塞へと変貌を遂げたのか、客観的・事実的(FACT)な背景を構造化しておこう。歴史を知ることは、迷宮を攻略するための第一の鍵である。
【南町田グランベリーパーク・歴史と構造のFACTシート】
| 年月 | 事実・歴史的変遷(FACT) |
| 1976年10月 | 東急田園都市線「南町田駅」が開業。当時はベッドタウンとしての小規模な駅周辺環境であった。 |
| 1978年3月 | 現在のセントラルコート周辺に、暫定施設として「貸し野球場」が開設される。 |
| 2000年4月 | アメリカ郊外型オープンモールを模した大規模商業施設『グランベリーモール』が開業。都内有数のアウトレットとして賑わう。 |
| 2017年2月 | 東急電鉄と町田市による「南町田拠点創出まちづくりプロジェクト」に伴い、再開発のため『グランベリーモール』が16年の歴史に幕を閉じ一時閉館。 |
| 2019年10月 | 駅名が「南町田駅」から「南町田グランベリーパーク駅」へ改称され、全急行列車が停車するようになる。 |
| 2019年11月 | 敷地面積約83,000㎡、店舗数約241店を擁するまち一体型複合施設『南町田グランベリーパーク』としてグランドオープン(まちびらき)。 |
| 2019年12月 | パークライフ・サイト内に「スヌーピーミュージアム」が集開館。 |



マップ見てても拉致があかないぜ、モウモウ。腹減った。とにかくなんか喰おうぜ


フィリップが胃袋の窮状を訴えてくる。人間という生物は、広大な空間に放り出されるとまず消化器官の要求に従おうとするらしい。雨にもかかわらず、モール内は傘を差した家族連れやカップルで溢れかえっている。我々は食を求め、まずは「ギャザリングマーケット」や「セントラルコート」の飲食店街を一周巡ってみることにした。


ここで、我々が遭遇し、あるいは吾輩の深層心理(一部妄想を含む)において鋭く分析した主要グルメスポットの群像劇を記録しておこう。


🔶AFURI(阿夫利)
- 特徴: 神奈川県の阿夫利山に由来する、淡麗系ラーメンの最高峰。澄み渡った鶏ガラスープに昆布や魚介の旨味が重なり、芳醇な柚子の香りが駆け抜ける。化学調味料に頼らないスタイリッシュな一杯。


🔶UMAMI BURGER(ウマミバーガー)
- 特徴: ロサンゼルス発、ウマミ(旨味)を科学的に追求したプレミアムハンバーガー。旨味成分を凝縮させたパティと特製バンズが口内で重厚なシンフォニーを奏でる。お値段も相応にプレミアムである。


🔶こなな
- 特徴: 日本の「出汁(だし)」をベースにした和パスタの専門店。日本の四季や旬の素材を優しく抱きかかえるような繊細な味わいが特徴。女子率が極めて高く、フィリップのような疲弊したおじさんには眩しすぎる空間。


🔶神田グリル
- 特徴: 昔ながらの洋食屋の味を再現したノスタルジック空間。ジュージューと音を立てる鉄板の上で泳ぐハンバーグやオムライスは、大人の「お子様ランチ」願望を激しく刺激する。
🔶ジロー珈琲
- 特徴: ログハウス風の温もりある空間で、自家焙煎珈琲とグラタンパンなどを楽しめるレトロモダンなカフェ。長居を決め込むには最高の拠点。
🔶ゴンチャ(Gong cha / 2階階段上)
- 特徴: 台湾発のアジアンティーカフェ。タピオカやミルクティーのカスタムが楽しめ、階段の上には若者たちの行列が絶えない。フィリップが「あの黒い粒々は何だ?」と怪しんでいた。
🔶WIRED CAFE(ワイアードカフェ)
- 特徴: 食事とカルチャーが交差する食堂的カフェ。カフェ飯の王道を行くタコライスやスイーツが充実しており、ノマド層の視線が集まる。


🔶Snow Peak Cafe(スノーピークカフェ)
- 特徴: アウトドアブランド「スノーピーク」が手掛ける、キャンピングギアに囲まれたレストラン。野外のテイストを取り入れたダッチオーブン料理などが楽しめる。かつて吾輩も仕事で少しこのブランドと交差し、その哲学(自然指向のライフスタイル)には深い敬意を払っている。
🔶武蔵ハンバーグ
- 特徴: アツアツの鉄板で自分好みの焼き加減に仕上げる、肉塊至上主義者のためのハンバーグショップ。肉汁の爆発力が服に飛散するリスクを伴う戦闘的グルメ。


🔶鉄板のスパゲッティ
- 特徴: 香ばしく焦げた太麺スパゲッティを鉄板で提供する、圧倒的ボリュームとジャンクな旨味を誇るナポリタン・パスタの聖地。



おいモウモウ……UMAMIバーガーって何なんだよ。ハンバーガーに千数百円も払ったら、俺の今週の残金が雲散霧消しちまうぞ! スノーピークカフェも洒落すぎてて俺が入ったら警報が鳴りそうだ。もっとこう、財布に優しくて、胃袋にズドンと来るやつはないのか!?
フィリップが額に汗を浮かべながら訴えてくる。彼にとって、外食とは「栄養補給」であり「コストとの闘争」なのだ。結果、我々の足が向かったのは、ギャザリングマーケットから少し離れた落ち着いたエリアに佇む『AFURI(阿夫利)』であった。ここならば混雑も比較的ゆるやかで、落ち着いて思考を反芻できる。


「券売機もハイテクだな……おい、ラーメンが1,000円超えるのかよ!? 異常だろ! 昔はワンコインで食えたんじゃねぇのか!?」
フィリップの愚痴は券売機の前に立っても止まらない。吾輩は無言で、店の目玉である「柚子塩ラーメン」の券を押し、静かに「卵抜き」を指定した。フィリップもブツブツと言いながら同じものを購入していた。
カウンターに座り、待つこと数分。
『着丼ドーンだ!!』


黄金色に輝く透明感あふれるスープ。そこに一筋の黄金の糸のように漂う柚子の皮と、炙りチャーシューの香ばしい薫煙が鼻腔をくすぐる。


スープを啜る。……うむ。極上だ。阿夫利の真骨頂は、この「引き算の美学」にある。重厚な脂で誤魔化すことなく、素材の旨味と柚子の酸味だけで成立させている小宇宙。麺は歯切れの良い細ストレート麺で、スープを完璧にリフトアップする。


「……なんだよ、文句言おうと思ったのに美味いじゃねぇか。悔しいな。けどよ、やっぱり1000円は高いぜ……俺の時給を考えると……」
フィリップは文句を言いながらも、スープを最後の一滴まで飲み干していた。彼の疲弊した胃袋に、繊細な柚子塩のスープがじんわりと染み渡っていくのを吾輩は静かに見守っていた。
胃袋を満たした我々は、ついに本日の主目的であるショッピングへと移行した。
吾輩がロックオンしていたのは、『アンダーアーマー』および『ABCマート』のアウトレット店舗である。現在吾輩が装着しているシューズは、すでに足掛け10年の年月を共に過ごしており、布地には痛々しい穴が穿たれ、ソールはツルツルに擦り減っていた。牛の歩みとはいえ、足元の安定性を欠くことは思索の精度にも関わる大問題なのだ。




アンダーアーマーの店内で、機能性に優れた漆黒のトレーニングシューズを無事に確保した吾輩は、安堵の息をついた。これでまた10年は戦える。
ふと横を見ると、フィリップが手ぶらで店内をぶらぶらし、ディスプレイのシューズの価格表示を凝視しては溜息をついていた。



ところで、フィリップよ。貴君は一体何を所望してこの地にやってきたのだ? 服か? それとも家庭への土産か?
吾輩が静かに問いかけると、フィリップはハッと胸を張り、逆ギレ気味に言い放った。



は? 何言ってるんだよモウモウ。俺はストレスを発散しにきただけだぜ! 買い物なんてする金があるわけねぇだろ! モール内を歩いて、金持ってる奴らを冷ややかな目で見下すのが俺のストレス発散なんだよ!
……なんということだ。一体ボタンはどこで掛け違えてしまったのだろうか。
彼は「何かを買いたい」からモールに来たのではなく、「買えない自分」を再確認し、それを社会への鬱屈したルサンチマンに変換するためにこの雨の中をやってきたというのか。彼の歪んだ認知に、吾輩は深い哀れみを禁じ得なかった。
気を取り直し、我々はグランベリーパークの広大な敷地を探訪することにした。


吾輩が最も心を奪われたのは、『グリーンリビング(Green Living)』と呼ばれるゾーンである。ここはまさに「緑の観葉植物の宝庫」であり、都市のコンクリート砂漠に突如として現れた熱帯雨林のごとき癒やしの空間であった。多肉植物から巨大な観葉植物までが所狭しと並び、呼吸をするだけで肺が浄化されていくのを感じる。


さらに、そのエリアに佇むインテリアショップ『ACTUS(アクタス)』が吾輩の美意識を激しく揺さぶった。洗練された北欧デザインの家具、無垢材の質感を活かしたダイニングテーブル、モダンな照明器具……。





……将来、吾輩が成城学園の超高級タワーマンションに引っ越した暁には、必ずやこのACTUSで無垢材の重厚なダイニングテーブルを購入し、指定日配送で運び込ませるのだ。そこで毎朝、有機栽培の青草を優雅に反芻する吾輩の姿……素晴らしい
吾輩が壮大な妄想に浸っている横で、フィリップは値札を見て



このテーブルで俺の給料3ヶ月分かよ……木だぞ? ただの木にこの値段か?
と震えていた。資本主義の洗礼は、彼には少々刺激が強すぎたようだ。
ここからは、実際に巡った場所、および今回は時間の都合で断念したものの、事前調査(および吾輩の緻密な妄想シミュレーション)によって明らかになったグランベリーパークの多角的なアクティビティ群を記録しておこう。


その後フィリップには吾輩の買い物に付き合ってもらう。目的は2つだけしかない。
・アンダーアーマーでカッチョイイシューズを買う(NIKEのジョギングシューズがボロボロになってきたから)
・ABCマートでVansのシューズを買う(10年前に買ったVansがボロボロになってきたから)
そしてそのどちらもを手に入れた吾輩はもはやこの地には用は無くなったのだった。
1. アウトドアアクティビティの聖地(モンベル&鶴間公園エリア)


だが、ここで筆を止めてしまってはブロガーのはしくれ魂が泣いてしまうので、もうちょっと紹介しようじゃないか。
- 疑似キャンプ・クライミング: 『モンベル(mont-bell)』の大型店舗には、なんと店内に全天候型のボルダリングタワーが聳え立っている。人工岩壁を登るクライマーたちの姿は、現代社会の抑圧から逃れようとする人類のメタファーのようだ。
- カヌー・カヤック体験: 店外の人工池では、実際にカヌーやカヤックの試乗体験ができる。都会の真ん中でパドルを漕ぐという超現実的なアクティビティ。
- レンタサイクル&鶴間公園: 隣接する鶴間公園と連動し、マウンテンバイク等のレンタサイクルも充実。広大な緑地を疾走する爽快感は、雨で閉ざされた日常を打ち破るのに十分だ。
2. キッズ&ファミリーゾーン(キッズディスカバリー)


- インドアキッズプラザ: 雨の日でも子供たちが狂喜乱舞して遊び回れる全天候型遊具エリア。
- NHK Eテレキャラクターショップ&カフェ: 子供たちのカリスマ的存在であるEテレの世界観が凝縮された空間。親たちの財布から容赦なくコインが吸い上げられていく恐怖の聖域でもある。
3. 映像空間(109シネマズ グランベリーパーク)


- IMAXレーザー&4DX: 最新の映像技術を結集した109シネマズ。シートが動き、風が吹き、水が噴き出す4DXは、映画を観るというよりは体感型のアトラクション。フィリップが「映画観ながら揺らされたら、疲れ倍増しそうだぜ」と冷ややかに評していた。
4. ペットフレンドリー空間


モール内を歩いていると、実に多くの犬たちが飼い主と優雅に散歩している光景に出会う。テラス席のあるカフェでは、犬用のメニューまで用意されている。



おいおい、あの犬、俺よりいい服着てねぇか? 俺の着てるTシャツ、イオンのワゴンセールで500円だぞ?
フィリップが犬のファッションに嫉妬を燃やしていた。かくいう吾輩も、気まぐれなフィリップに雨の中を引きずり回されている牛なのだが、どちらが「飼われている」のか分からなくなる瞬間である。
5. コワーキングスペース&ワークラウンジ


- パークライフ・サイト周辺には、Wi-Fiと電源を完備した洗練されたコワーキングスペースが存在する。リモートワークに励むノマドワーカーたちが、スタイリッシュなPCを叩いている。現代のナレッジワーカーたちが、ショッピングモールの喧騒のすぐ隣で「知的生産」という名の孤独な闘いを繰り広げているのだ。



はぁ〜……歩き疲れたぜ。金は飯以外には一円も使ってねぇのに、なんでこんなに疲れるんだ?
フィリップはベンチに深々と腰掛け、空を仰いだ。雨は相変わらず降り続いている。彼は結局、何一つ買い物をしなかったが、人混みと洗練された都市空間の熱気に触れたことで、彼の顔面を覆っていた「夜勤警報」的な重圧は、ほんの少しだけ和らいでいるようにも見えた。
帰り際、南町田グランベリーパーク駅の改札前を通りかかると、そこには巨大な『スヌーピー(ピーナッツ)』の像が静かに鎮座していた。
エリア内にある『スヌーピーミュージアム』の影響もあり、この街全体がこの世界的に有名な白黒の犬をアイコンとして猛烈に推しているのだ。屋根の上で寝そべり、達観した表情で人間たちを見下ろすスヌーピーの佇まいは、どこか吾輩の思索的アプローチに通じるものがある。





あの犬、ずっと寝てていいよなぁ。警備の夜勤もねぇし、ローンもねぇんだろ?
フィリップがスヌーピーの像に向かって呟いた。
吾輩は何も言わず、静かに彼の後ろ姿を見つめた。
一駅まるごとが巨大な夢と消費の装置として作られた『南町田グランベリーパーク』。そこは、金を落とす者にとっても、金を落とせぬ者にとっても、束の間の「日常からの脱出」を約束してくれる巨大な迷宮であった。


新しく手に入れた漆黒のアンダーアーマーのシューズを踏みしめながら、吾輩は帰路の電車へと乗り込んだ。我が4つの胃袋の中で、阿夫利の柚子塩スープと、人間の資本主義に対する深い考察が、静かに反芻(はんすう)され続けていたのである。


投稿者プロフィール


- 大富豪になっても結局食と旅
-
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。
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