外を見遣れば、太陽が地上を灼熱のフライパンへと変貌させている。人間たちが環境破壊という名のバベルの塔を積み上げた果ての、この容赦なき酷暑。本来であれば外出など法的に禁止されるべきレベルの暴挙である。しかし、そんな灼熱の砂漠と化した街の中にあっても、我々には辿り着くべき「オアシス」が必要なのだ。
命からがら逃げ込んだのは、落ち着いた佇まいを崩さないフルサービス喫茶「カフェ コロラド」

これにてDOUTOR系列のお店はあらかた制覇したと言っても過言ではないのではないだろうか?





ドアを開けると、冷え切った空気が吾輩の毛並みを優しく撫でる。注文はカウンターへ自分から赴く現代のファスト風儀ではなく、席に腰掛けたまま静かに給仕を待つ「テーブル注文」スタイル。人間が効率という名の悪魔に魂を売る前の、優雅で尊厳ある時間がここには残されている。
ここで、この老舗喫茶チェーンが日本の喫茶文化に刻んだ不可逆のFACT(事実)を整理しておこう。
「カフェ コロラド」の歴史的背景
| 項目 | 詳細(FACT) |
| 運営母体 | 株式会社ドトールコーヒー(創業:鳥羽博道氏) |
| 誕生年 | 1972年(昭和47年)に1号店を出店 |
| 歴史的意義 | ドトールコーヒーが最初に本格的なフランチャイズ展開を手掛けたフルサービス型のコーヒー専門店業態 |
セルフ式の「ドトールコーヒーショップ」で時代を席巻する以前に、創業者・鳥羽博道氏が「健康的で明るく、老若男女が親しめる店」として作り上げた原点。それがこのコロラドなのだ。

吾輩が注文したのは、「エビドリアのランチセット」。お供にはもちろん、漆黒の哲学を宿した「ホットコーヒー」を指名した。

注文を終え、料理がサーブされるまでの手持ち無沙汰な時間。吾輩はスマートフォンを取り出し、今ひそかに嗜んでいる高難度アクションゲーム『ブラッドボーン』のBlogを巡回していた。画面の中に広がるのは、古都ヤーナムの暗鬱な血の試練。そして画面の外に広がるのは、灼熱の現実世界。狂気と酷暑に挟まれながら、吾輩の精神はより一層鋭利に研ぎ澄まされていく。
そして、厨房からの芳しい香りとともに、運命の瞬間が訪れた。
『着丼ドーンだ!!』

ドリアである。しかし吾輩の脳内には、確かに重厚な衝撃音が鳴り響いた。
ホワイトソースの海に浮かぶプリプリのエビ、そして表面に絶妙な焦げ目を付けたチーズの黄金郷。フーフーと息を吹きかけ、スプーンを口へと運ぶ。
……熱い。しかし、実に美味い。
まろやかなベシャメルソースのコクと、バターライスの風味が口内で溶け合い、灼熱の外世界で疲弊した細胞の一つひとつにじんわりと沁み渡っていく。汗をかきながら冷房の効いた空間で熱々のドリアを喰らうという、この究極の矛盾。これぞ文明人の享受すべき贅沢なアイロニーではないか。
食事を終え、セットのホットコーヒーを啜りながらメニューの写真を眺めていると、ふと「ナポリタン」の文字が吾輩の視界を掠めた。

それにしても、一体なぜ喫茶店のナポリタンというのは、ああも極上に美味いのだろうか?
ここで吾輩は、「喫茶店のナポリタンにおける存在論的考察」を展開せざるを得ない。
イタリア本国には存在しない、日本独自の発明品「ナポリタン」。高級なイタリアンレストランで提供されるアルデンテのパスタとは異なり、喫茶店のナポリタンはあえて「茹で置き」された太麺が使用される。一見すると料理としての敗北に見えるこの「太麺の放置」こそが、実はケチャップという強烈な酸味と糖分の塊を最大限に受け止めるための「慈悲深いキャンバス」と化すのだ。
強力な火力でフライパンと擦れ合い、焦げたケチャップの香ばしさを纏った麺。具材は玉ねぎ、ピーマン、ハム(あるいはマッシュルーム)という、至極ありふれた三位一体。しかし、そこに粉チーズとタバスコというカオスを投入した瞬間、それはB級グルメを超越した「ノスタルジーという名の調味料」へと完成される。
イタリア人が見たら絶句するかもしれない。しかし、日本の喫茶店という薄暗く静謐な空間において、あのケチャップの赤は、退屈な日常に対する鮮烈な抗議であり、胃袋を直接揺さぶる至高のソウルフードなのだ。
エビドリアを平らげ、ナポリタンの真理にまで思いを馳せた吾輩は、冷えたホットコーヒーを飲み干した。
外は相変わらず、人間を狂わせる灼熱の陽光が降り注いでいる。しかし、このコロラドという歴史ある避難所で胃袋を満たした吾輩に、もはや恐れるものは何もない。ブラッドボーンの死闘へと戻るべく、吾輩は静かに席を立ち、再び熱狂の都市へと足を踏み出すのであった。
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