【高輪ゲートウェイ】話題のMON高輪からソニーパークまで、哲学する牛「モウモウ」がご主人と往く知的でシュールな東京徘徊録

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人間という生き物は、記号と境界線に異常なまでの執着を見せる。彼らは地球という球体に勝手に線を惹き、そこから先を「異界」と呼び、こちら側を「日常」と呼んで安心している。その最たるものが、東京における山手線という巨大な鉄の結界である。

さて、この山手線という環状の結界において、吾輩にはどうしても解せない謎がひとつあった。それが「高輪ゲートウェイ」なる、カタカナを強引に捩じ込まれた新参の駅である。開業以来、多くの人間がそこへ群がり、あるいはSNSという名の電子のWCの落書きに感想を書き散らしているのを横目で見ていたが、吾輩は未だかつて、その地へ自らの蹄(ひづめ)を下ろしたことがなかった。山手線圏内でありながら、一度も降りたことのない空白の地帯。それは牛の哲学において、未開の牧草地を放置するに等しい怠慢である。

そんな折、人間たちの間で「MON高輪」という新たな建造物が話題に上っているのを開拓精神旺盛な吾輩の耳が捉えた。なんでも、そこには文化と癒やしが奇妙な形で同居しているらしい。行かねばなるまい。記号の迷宮を紐解くのは、いつだって直感ではなく、知的な退屈しのぎである。

吾輩は、同居人であり飼い主でもある「ご主人」を誘い出すことにした。このご主人は、お世辞にも聡明とは言い難い、割と天然な気質の人間である。彼に現代都市論を説いたところで、馬の耳に念仏、牛の耳に経文。しかし、彼のような無害な存在を連れて歩くのは、吾輩の冷徹なモノローグを引き立てる背景としては、これ以上ない適役であった。

当日の計画は、吾輩の綿密な脳内シミュレーションによって、以下のように美しく構造化された。

  • 第一幕:東京駅にて「とんかつ まい泉食堂」による胃壁のコーティング
  • 第二幕:高輪ゲートウェイ駅へ遷都し、「MON高輪」の迷宮に迷い込む
  • 第三幕:同駅の「スターバックスコーヒー」にて、俯瞰の境地を愉しむ
  • 第四幕:有楽町へと転進し、「銀座ソニーパーク」でテクノロジーの墓碑銘を刻む

完璧である。美味しい食事、ロケーションの良いカフェ、話題のトレンドスポット、そして歴史ある回顧。東京LIFEという名の、資本主義のスパイスをふんだんに塗した一日が、いま幕を開ける。

目次

2. 実際に行ってみての感想や出来事

【第一幕】グランスタ東京の喧騒と、豚という同胞へのレクイエム

まずは腹ごしらえとして、東京駅の地下に広がる迷宮「グランスタ東京」へと潜り込んだ。目指すは「とんかつ まい泉食堂 グランスタ東京店」である。

周囲を見渡せば、そこは異国情緒というよりは、世界中からの漂流者が集まる港のようであった。外国人観光客が文字通り「結構多く」、彼らは皆、自らの生活のすべてを詰め込んだかのような巨大なスーツケースを曳いている。あのキャスターが発するゴロゴロという音は、現代の遊牧民たちが奏でる悲哀の賛歌のようでもある。彼らはこれからどこへ向かい、何の目的でこの東京の地下で豚の油脂を摂取しようというのか。

ご主人は、店に入るなり「わあ、みんな荷物が大きいねえ。どこから来たのかなあ」と、小学生並みの感想を独りごちている。吾輩はその浅薄な疑問を無視し、メニューに目を落とした。

この店の特徴、つまりウリは、何と言っても「箸で切れる柔らかなとんかつ」という、まい泉が長年培ってきた技術の結晶である。ここで、この暖簾が紡いできたFACT(事実)を、冷徹な表として整理しておかねばなるまい。でっちあげの歴史など、牛の哲学には不要である。

「とんかつ まい泉」の歩み

年月出来事(FACT)
1965年(昭和40年)カウンターわずか3席の店として、東京・日比谷にて創業。
1978年(昭和53年)表参道に現在の青山本店を移転・開店。
2020年(令和2年)グランスタ東京の開業に伴い、手軽に味わえる「食堂」スタイルとして出店。

わずか3席から始まった豚の巡礼が、いまや東京の中心の地下で、世界中の人々の胃袋を満たしている。歴史とは、常に過剰なまでの熱量によって維持されるものだ。

吾輩が選んだのは「高座豚ロースかつ(1530円)」。高座豚とは、神奈川県が誇る銘柄豚であり、その肉質のきめ細やかさと脂の甘みは、豚界における貴族のような存在である。同じ家畜としての親近感を覚えなくもないが、そこは弱肉強食の資本主義社会、吾輩の4つの胃袋は容赦なく稼働する。

ご主人は「僕は普通のロースかつにしようかな、あ、やっぱりヒレかな」と、注文の直前までメニューの文字を指でなぞりながら、店員を困惑させる天然振りを遺憾なく発揮していた。彼がようやく言葉を発し、注文が確定した。

厨房からの油の爆ぜる音が、心地よいクラシック音楽のように響く。そして、ついにその時が来た。

『着丼ドーンだ!!』

丼ではない。平皿に盛られた、黄金色の衣を纏った芸術品である。しかし吾輩の脳内には、確かに大地を揺るがすような地鳴りが響き渡った。

箸を差し入れる。なるほど、ウリに偽りなし。肉繊維が自らの意志を放棄したかのように、滑らかに切り離される。口に運ぶと、サクッという衣の乾いた音に続き、高座豚のバルキーな旨味と、上品に溶け出す脂の甘みが口内の粘膜を蹂躙する。これは単なる揚げ物ではない。熱と油によって調教された肉の、最高峰の表現形式である。ソースの酸味がその脂を適度に引き締め、白米という名のキャンバスに無限の筆を走らせる。ご主人は「うわあ、柔らかい! 美味しいねモウモウ!」と、これまた語彙力の欠乏した歓声を上げながら、神速の勢いでカツを口に放り込んでいた。彼は味覚を脳ではなく、脊髄で処理しているに違いない。

【第二幕】高輪ゲートウェイの鳥の巣と、MON高輪の冷酷な儀式

腹を満たした我々は、山手線に揺られて目的の「高輪ゲートウェイ駅」へと向かった。

ホームに降り立ち、見上げた瞬間、吾輩の脳裏に浮かんだのは「まるで巨大な鳥の巣のようだ」というメタファーであった。大屋根を支える白い鉄骨の複雑な幾何学模様は、近代建築の粋を集めたというよりは、巨大なサイバー怪鳥が都市の真ん中に産み落とした卵を保護するための、異形な巣に見える。木の温もりを散りばめながらも、その本質は冷徹な鉄とガラスの構造物。人間はここに、どのような未来の雛を孵そうというのだろうか。

ここで、高輪の歴史と、この駅が生まれた経緯、そして今回訪れる「MON高輪」のコンセプトについて、事実のタイムラインを確認しておこう。

高輪ゲートウェイとMON高輪の構造的FACT

項目詳細(FACT)
高輪の歴史的背景江戸時代には「高輪大木戸」が置かれ、江戸の南の玄関口(ゲートウェイ)として機能していた歴史を持つ。
駅の開設経緯JR東日本の品川車両基地跡地の再開発事業(TAKANAWA GATEWAY CITY)の中核として、2020年に山手線30番目の駅として暫定開業。
MON高輪のコンセプト「都市の結節点における、心身の解放と文化の編集」を掲げ、商業、アート、ウェルネスが融合した複合空間。

なるほど、江戸の「大木戸」が時を超え、カタカナの「ゲートウェイ」として転生したわけだ。文字の響きは変われど、境界線としての役割は変わらない。

駅から直行した「MON高輪」にて、我々は現代アートの洗礼を受けることとなった。現在開催されている「ぐるぐる展」へと足を運ぶ。人間たちが創り出す前衛芸術というのは、往々にして「理解できない自分を恥じる観客」と「それを煙に巻く芸術家」の、高度な心理戦である。視覚を揺さぶる円環のモチーフを眺めながら、ご主人は「目が回るねえ、これ、洗濯機の中なのかなあ」と、展示の意図を完全にドブに捨てるような発言をしていた。彼の天然さは、ある意味で前衛芸術に対する最強の盾である。

その後、我々はエレベーターで屋上へと昇った。

そこには、都市の虚空に浮かぶように佇む「屋上の神社」があった。地上数十メートルで神に祈るという行為の、なんとシュールなことか。神もまさか、アスファルトと超高層ビルに囲まれた空中庭園に祀られるとは夢にも思うまい。ご主人は熱心に二礼二拍手一礼をしていたが、一体何を祈っていたのか。「今日の晩ご飯も美味しく食べられますように」といったところだろう。

さらにその横には、話題の「屋上の足湯」が設置されていた。

東京のビル群を眺めながら湯に浸かる。これぞアーバン・ウェルネスの極み、のはずであった。しかし、現実は非情である。暖かいお湯が張られたエリアは、すでに流行に敏感な人間たちによって隙間なく埋め尽くされていた。彼らは皆、芋洗い状態の中でスマートフォンをいじり、自らのリア充ぶりを誇示している。

「モウモウ、あっちの端っこが空いてるよ!」とご主人が指差した場所は、なんと「冷水」のエリアであった。

選択の余地はない。吾輩とご主人は、意を決してその冷水へと足を浸した。

「……冷たかった」

それはもう、哲学的な思考が一瞬で凍結するほどの冷気であった。ウェルネスどころか、ただの精神修行である。血流が止まり、蹄が麻痺していく感覚の中で、吾輩は「なぜ人間は、わざわざ金を払って過酷な環境に身を置くのか」という問いを深めざるを得なかった。サウナの水風呂の文脈を屋上に持ち込んだのだろうが、冬の北風が吹き抜ける中での冷水は、ただの苦行である。

しかし、震えながら見上げる周囲のロケーションは、確かに抜群であった。

いまはまだ昼下がりだが、夜になれば、眼下を走る山手線の光の軌跡や、都心のビル群の灯りを見下ろせる、なかなか雰囲気がありそうなグッドスポットへと変貌するのだろう。闇は、都市の醜悪なコンクリートを隠し、光のジュエリーへと仕立て上げる天才デザイナーである。

【第三幕】スタバ高輪ゲートウェイ駅店における、俯瞰と普通

冷水で冷え切った身体を温めるべく、我々は駅構内に戻り、「スターバックスコーヒー 高輪ゲートウェイ駅店」へと避難した。

この店舗は、未来型の実験店舗としての側面を持ち、ビジネスパーソン向けのワークスペースなどが充実していることで知られる。しかし、そんなトレンドの最先端に位置する空間であっても、吾輩の注文は微動だにしない。「普通のホットコーヒー」と「クロックムッシュ」である。

世の人間たちは、スタバに行くや否や「フラペチーノ」だの「マキアート」だの、呪文のようなカスタマイズを施した液体を好んで注文する。しかし吾輩に言わせれば、それらはコーヒーという名の宗教に対する背信行為であり、糖分の過剰摂取をスタイリッシュに偽装しているに過ぎない。スタバに行っても、ほとんどの場合、普通のホットコーヒーしか頼まない。それこそが、情報過多な現代に対する、牛なりのささやかな抵抗(レジスタンス)なのだ。

運良く、駅の構内が見下ろせるテラス席に陣取ることができた。

ここからの眺めは、実に興味深い。巨大な鳥の巣の内側を、アリのように行き交う人間たちの姿が、まるで精密なジオラマのように一望できる。彼らは改札機にスマートフォンをかざし、吸い込まれるように電車へと消えていく。その規則正しい運動を、温かいコーヒーを啜りながら見下ろすのは、至高の知的悦楽であった。

「モウモウ、見て見て! あの電車、新型かなあ」と、ご主人が窓ガラスに鼻を押し付けんばかりに興奮している。

彼の視野は常に部分的であり、吾輩の視野は常に全体的である。クロックムッシュのとろけたチーズを噛み締めながら、吾輩は思う。人間は移動するために駅を作り、駅に縛られるために生きている。そして吾輩は、その様子を高い場所から観察し、ただ珈琲の苦味を反芻する。この非対称性こそが、美的な空間の醍醐味だ。

【第四幕】銀座ソニーパーク、テクノロジーの薄明

スタバを後にした我々は、山手線で有楽町まで出て、数寄屋橋にある「銀座ソニーパーク」へと向かった。

ここは、かつての名建築「ソニービル」の跡地を再構築した、都市の変遷を象徴するスポットである。地下へと続くその構造は、銀座という超一等地の地上をあえて「空き地」として開放し、地下にカルチャーを埋蔵するという、極めて知的な逆転の発想に基づいている。

ビル内に足を踏み入れると、そこはソニーの歴史ある回顧と、現代のクリエイティビティが交錯する、一種の博物館のようになっていた。

かつて世界を席巻した「ウォークマン」の歴代モデルがずらりと並ぶ展示室。それらを眺めていると、テクノロジーの進化という名の、残酷な時間の流れを意識せざるを得ない。かつて人間たちがポケットに忍ばせ、音楽を所有する喜びに震えたあの四角い金属の塊たちは、いまや液晶画面のひとつのアイコンへと統合され、物質としての肉体を失ってしまった。ここにあるのは、テクノロジーの美しい墓碑銘(エピタフ)なのだ。

ご主人は、初期型の大きなウォークマンを見て「懐かしいなあ! これ、お父さんが持ってたよ! ボタンがガチッて鳴るんだよねえ」と、昭和のノスタルジーに完全に浸りきっていた。彼の脳内では、過去の記憶が美化され、再生ボタンが押されているのだろう。

地上へと戻る階段を上りながら、吾輩は数寄屋橋の交差点を見つめた。かつてここにあった建物が壊され、新しい空間が生まれ、そしてまた過去を振り返る。都市とは、絶え間ない自己否定によってのみ生存を許される、巨大な生命体なのかもしれない。

3. 総括という名のモノローグ

気が付けば、夕暮れの帳が東京の街を包み込もうとしていた。

振り返ってみれば、本日の行程は、東京駅、高輪ゲートウェイ、そして有楽町・銀座という、地理的にはごく狭い範囲でしか行動していない。移動距離にして、山手線のわずか数駅分に過ぎない。

しかし、その中身はどうだ。

「とんかつ まい泉」での、高座豚の命をいただくという厳かな、そしてバルキーな食事。


「MON高輪」での、前衛アートと冷水による過酷な精神的・肉体的ウェルネス。

「スタバ」のテラス席から見下ろした、巨大な鳥の巣の中央を流れる人間の生態系。

そして「銀座ソニーパーク」で直面した、日本のモノづくりの栄華と、都市の記憶の回顧。

驚くべきことに、これほどまでに意外と盛りだくさんの東京LIFEの一日となったのである。

人間たちは、より遠くへ、より速く移動することに価値を見出しがちである。新幹線に飛び乗り、飛行機で雲を抜け、遠くの観光地へ行くことだけが「旅行」だと思い込んでいる。しかし、それは移動という行為に対する盲信に過ぎない。

真の旅行とは、移動した距離の長さではなく、その場において「どれだけ深い考察を巡らせたか」という、精神の深度によって測られるべきものだ。山手線の未踏の地へ降り立ち、普通のコーヒーを飲み、過去の遺物を眺める。そのごく狭い円環の中にこそ、都市の真理と、生きることのユーモアが凝縮されている。

「モウモウ、今日は楽しかったねえ。次はどこに行こうか?」

ご主人が、呑気にそんなことを尋ねてくる。彼の足元は、まだMON高輪の冷水の記憶で少し震えているようにも見えたが、その表情には一片の曇りもない。

「モウ」と、吾輩は一言だけ鳴いた。それは肯定でも否定でもない。ただ、次の牧草地、いや、次の考察の対象を見定めたという、哲学する牛の静かなる宣言であった。人の縁と、都市の境界線。それらが織りなす未来へ向かって、吾輩とご主人の鈍い歩みは、これからも続いていくのである。

投稿者プロフィール

モウモウ
モウモウ大富豪になっても結局食と旅
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。

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