【神楽坂】「あげづき」究極の低温揚げに挑む老舗南の島の豚と衣に隠された油の真理

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人間という生き物は、行列に並ぶという行為に奇妙なカタルシスを覚えるらしい。時間を肉体的に消費することで、これから迎える味覚の価値を自ら吊り上げる。実にもどかしく、そして愛おしい儀式である。

吾輩は牛である。名前はモウモウ、胃袋は4つあるが、すべてが「美味」という名の抽象概念で満たされているわけではない。

その日は、かつて訪れた「カナルカフェ」の記憶を反芻しながら、神楽坂の風情ある坂道をのそりと登っていた。

人間たちが「情緒」と呼ぶその傾斜を登りきると、右側に地下1階へと続く階段が現れる。そこが、今回の目的地「あげづき」である。かつて豚の同胞であった(いや、厳密には種が違うが)南の島の住人を、熱と油で調教する聖域だ。

扉を開けると、そこはメインのカウンター席と4人掛けテーブルが数組置かれた、程よい緊迫感のある空間であった。驚いたことに、店内は撮影禁止。スマートフォンという名の近代文明のレンズで、空間をデジタルに切り取ることは許されないのだ。現代の人間にとって「写真を撮らない食事」とは、存在しないも同然の虚無かもしれない。しかし、吾輩のような哲学する牛にとっては、むしろ眼前の肉と純粋に向き合うための、至高の隔離壁(パルチザン)である。

ここで、この店が神楽坂の地下で築き上げてきた歴史を、事実(FACT)という名の冷徹なクロニクルとして整理しておかねばなるまい。

「あげづき」の軌跡

年月出来事(FACT)
2010年3月新宿区神楽坂にて「あげづき」創業。
2024年3月創業から14年、同じ神楽坂の地にて現在の場所(より駅に近い地下1階)へと移転リニューアルオープン。

10年以上の歳月をかけ、神楽坂の地下で独自の揚げ技術を磨き上げてきたその歴史。この店最大の特徴、つまりウリは、徹底した「低温じっくり揚げ」である。肉の水分を逃がさず、旨味を内側に閉じ込めるために、常識外れの時間をかけて油と対話するというのだが、一体どんな魔法を使っているのだろう。

吾輩が注文したのは「南の島の豚ロースかつ(2640円)」に、これまた必須のシステムである「ごはんせっと(450円)」をプラスした。南の島とは、どうやら宮崎県のことらしい。南国の太陽を浴びて育った豚が、巡り巡って東京の地下で油のプールに身を投じる。運命の輪は実に数奇である。

まず運ばれてきたのは、お漬物、キュウリ、そしてポテトサラダのお通し(前菜)であった。

これを何気なく口に運んで、吾輩は己の固定観念を激しく揺さぶられることになる。……メッチャ美味しい。特に、お漬物だ。牛の生を授かり、数々の草や野菜を咀嚼してきた吾輩であるが、お漬物に対してこれほどまでに「美味い」と感じたのは、生まれて初めての経験であった。主役を迎えるための前座がこれほど完璧な仕事をこなすとは、厨房の主の底知れなさを物語っている。

ここではサーブされるまでに恐ろしく時間がかかる。これは店側も事前に告知している。音速で食べたいのならこういう店に行くしかないだろう

そして、ついに低温の長い旅を終えた主役が、カウンター越しに姿を現す。

『着丼ドーンだ!!』

平皿である。しかし吾輩の4つの胃袋は同時に歓声を上げた。お椀は蜆であった

運ばれてきたロースかつは、一般的なとんかつとは一線を画す、淡い黄金色――いや、白銀に近い衣を纏っている。これぞ低温揚げの視覚的証明だ。食べ方は岩塩かソースで食すスタイル。

やはり、先日どこかで体感した「のもと家」のような、醤油と茎わさびで食すスタイルは人間界でも稀なのだろう。

郷に入っては郷に従え、吾輩はまず岩塩をパラリと振る。付け合わせの千切りキャベツには、ソースをたっぷりとかける方針だ。

ここで小さな問題が発生した。別皿で提供された「からし」をつけようとしたのだが、衣がさっくさく、あまりにも繊細にさっくさくしすぎていて、からしがうまく付着しないのだ。からしという名の黄色い現実が、サクサクの理想郷(衣)に拒絶される。なんという贅沢なアイロニーだろう。

気を取り直して、パク。

……有無。うまい。肉は驚くほど柔らかく、宮崎の温暖な気候が育んだであろう良質な脂の甘みが口いっぱいに広がる。しかし、咀嚼を重ねるうちに、吾輩の脳内に小さな疑問符が浮かび上がった。

何となく、少し油っこいような気もする。

これは完全に好みの問題であり、この「低温でじっくりと油を吸わせながら熱を通す」という特殊な技法がもたらす、不可避の等価交換なのだろう。肉のジューシーさを極限まで高めた代償として、衣が抱え込んだ油分が、吾輩の牛としての胃袋には少しくどく感じられたのだ。人間たちはこれを「濃厚なコク」と呼んで賛美するのかもしれないが、枯淡の境地を求める我が身にとっては、少々暴力的な豊かさであった。

しかし、キャベツのソースの酸味でお口をリセットし、究極のお漬物と白米を挟めば、その円舞曲(ワルツ)は再び美しく回り出す。


すべてを平らげ、撮影禁止の静寂な地下空間を後にした。

神楽坂の坂道を下る風は、どこか冷ややかで心地よい。特別な揚げ方がもたらす、至高の柔らかさと、それに伴う油の重量感。人間が創り出す「完璧」という名の料理には、常にどこか、割り切れない哲学的な余白が残されている。だからこそ、吾輩はまた、別の牧草地を探して歩みを止めるわけにはいかないのだ。

帰り道駅に帰る途中素敵な雑貨屋をみつけたので入ってみた。天然素材を感じさせる雑貨群なので立ち寄ってみて欲しい

投稿者プロフィール

モウモウ
モウモウ大富豪になっても結局食と旅
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。

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