
吾輩はモウモウである。稀代の食通で通っているのだが、自称という噂が後を絶たない今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。人間たちの浅薄な下馬評など、4つの胃袋を持つ吾輩の前には風の前の塵に過ぎない。
さて、あれは少し前の話になるのだが、吾輩は丑の日の前哨戦、通称「丑の日イブ」である。吾輩はかねてから行ってみたかった、有楽町のガード下に潜む「うなぎのお宿」へと足を運ぶことにした。わざわざ自宅から1時間もの貴重な時間を費やし、ただ鰻という一種類の魚類のためだけに移動するのだ。この狂気にも似た情熱こそが、吾輩が「自称食通」などではないという紛れもない証明であると信じている。
辿り着いたその場所は、JRのガード下という都市の隙間。この店、ガード下にあるので目立たないことこの上ない。頭上を電車がゴトゴトと通過するたびに、店全体がまるで消化中の胃袋のように微かに震える。とにかく目立たないことこの上ない佇まいである。しかし、路上には静かに主張する看板が出ているため、感度の高い人間であれば気付く者も多いだろう。吾輩もその「鋭敏な気付きを得た一人」と言っても過言ではないはずだ。

店の入口の前に立つ。ガラス越しに見える佇まいは、いかにもクーラーが効いてなさげな雰囲気を醸し出しており、一瞬だけ入店をためらう吾輩の弱気が顔を覗かせた。しかし、食通の誇りが蹄を前へと進めさせる。ガラガラと引き戸を開けると、外観からは想像もつかない、こじんまりとした店内がドーンと眼前に現れた。
品書きに目を落とす。鰻重のメニューは並(朝霧)が3000円、上が4000円、特上が5400円。そしてご飯大盛りがプラス150円という、銀座・有楽町エリアの相場を考えると、超絶良心的な価格設定である。資本主義の暴利に慣れ切った我々の胃袋を、優しく包み込むような価格のオアシスだ。
自称食通の矜持を見せるべきか迷ったが、今回は一番安い「並(朝霧)3000円」に「ご飯大盛り(+150円)」を添える決断をした。
ここで、この店が提供する鰻の背景にある確固たるFACT(事実)を整理しておこう。
「うなぎのお宿」のバックボーン
| 項目 | 詳細(FACT) |
| 運営母体 | 駿河淡水株式会社(うなぎの養殖・加工・販売を手掛ける企業) |
| 直営店舗 | 「うなぎのお宿」は同社の直営店として営業。 |
| 品質の信頼性 | ギフト商品等において「良質な国産鰻」「静岡県産」を明記・提供。 |
自社で加工した良質なうなぎをダイレクトに店舗へ流し込むという構造。直営店であるこの店も、同社の誇る上質な鰻を提供していると信じている。信じる者は救われる。それこそが、宗教と美食における共通の真理なのだ。
注文から割とすぐにサーブされ、静寂を破るあの瞬間が訪れる。
『着丼ドーンだ!!』

重箱、お漬物、そして肝吸いの三点セットが、眼前の狭小なテーブルの上にうやうやしく運ばれてきた。

蓋を外し、さっそく鰻重をパクリと頬張る。
……一瞬にして、お重の中に広がる小宇宙的感覚に酔いしれることとなった。
うまい。

うまいぞ!
これで3000円は、完全にあたりだと断言できる。「3000円だからちょびっとしか出せません」といった、世知辛い妥協の産物ではなく、しっかりとした質量と満足感がそこには存在している。甘めのタレがふっくらとした身と大盛りご飯に絡み合い、吾輩は極上の時間を過ごすこととなった。

ただ、やはり入店前の杞憂は当たるものである。この猛烈な夏の暑さに対して、店内のクーラーがあまり効いていない気がするのだ。汗を拭いながら鰻を喰らうという体験は、風流といえば風流だが、現代の快適さに慣れた身体には少々「難点のどあめ」と言わざるを得ない。
あと、山椒をそれほどかけた覚えは無かったのだが、少し山椒の刺激がきつい気がした。ピリリと舌を痺れさせるその主張の強さは、タレの甘さに対するアンチテーゼなのか。このあたりは個人の嗜好の境界線であろう。
とにもかくにも、丑の日イブとしての決死隊は、大成功を収めたのであった。明日の本番におかれましては、皆さまもぜひ夏バテ対策として、それぞれの丑の日を存分に堪能くだされ。吾輩もまた、4つの胃袋を撫で下ろしながら、有楽町の熱気の中へと消えていくのであった。
投稿者プロフィール




