【牛の寝台列車旅行記】憧れのサンライズ出雲で出雲大社へ!東京駅から始まる夢の一夜【後編】

  • URLをコピーしました!
目次

神々の国への第一歩、出雲大社参拝という神聖なる儀式

出雲市駅からバスに揺られること25分、ついに出雲大社の入口に到着した。吾輩の鋭敏な牛の嗅覚が、ただならぬ気配を察知している。空気中に漂う霊気とでも言うべき、神聖な何かを感じるのである。これが数千年の歴史を誇る古社の持つ力なのだろうか。

バスから降りた瞬間、ご主人が呟いた。

ご主人

うわあ、なんか空気が違うね。神社特有の神聖な感じがする

吾輩も同感である。牛という動物は、人間以上に霊的なものに敏感だと古来より言われている。実際、この場所には確実に何か特別な力が宿っているのを感じる。まるで大地そのものが神々しく震えているような、そんな感覚だ。

出雲大社の正式名称は「いづもおおやしろ」である。一般的には「いづもたいしゃ」と読まれがちだが、正しくは「おおやしろ」なのだ。これは重要なポイントである。神様に対する敬意として、正しい読み方を心に刻んでおかねばならない。

出雲大社の驚くべき歴史と神話的背景

出雲大社は、『古事記』や『日本書紀』にも記される日本最古級の神社の一つである。主祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)、通称「だいこくさま」として親しまれている縁結びの神様だ。

因幡の白兎で有名な大国主命

ここで興味深いのが「神無月」と「神有月」の話である。一般的に旧暦10月は「神無月」と呼ばれ、全国の神様が出雲に集まるため、他の地域では神様がいなくなると言われている。しかし、出雲では逆に全国の神様が集結するため「神有月(かみありづき)」と呼ばれるのである。

吾輩はこの話を聞いて、牛的な観点から非常に興味深く思った。これはまるで、全国の牧場の牛たちが一年に一度、特別な牧草地に集まって重要な会議を開くようなものではないか。神々の世界にも、そうした組織運営的な側面があるのかもしれない。

さらに驚くべきは、出雲大社の本殿の歴史である。現在の本殿の高さは24メートルだが、平安時代の記録によると、かつては48メートルもの高さがあったとされている。これは16階建てのビルに相当する高さだ。2000年の境内遺跡調査では、直径約1.4メートルの巨大な柱根が発見され、古文書の記述が単なる誇張ではなかった可能性が高まっている。

48メートルの神殿とは、想像するだけで圧倒される。牛の視点から見上げたら、まさに天に届くバベルの塔のような存在だったに違いない。なぜそれほどまでに高く建てる必要があったのか。ひとつの説として、大国主命を「高いところに閉じ込める」という政治的意図があったという陰謀論めいた話もある。

下り参道という世にも稀な構造の謎

出雲大社の最も特徴的な点は、参道が下り坂になっていることである。一般的な神社では、本殿に向かって階段を上るか、少なくとも平坦な道のりが普通だ。しかし、出雲大社では松の参道を通って本殿に向かうほど、標高が下がっていくのである。

これは実に不可解な構造だ。宗教的な観点から言えば、神様のところへ参拝するのに「下る」というのは一般的な感覚とは逆行する。ご主人もこの点について疑問を投げかけた。

ご主人

なんで下り坂なんだろうね。普通は神様のところに行くときって、上に向かうもんじゃないの?

吾輩もこの構造について考察を巡らせた。一説によると、これも大国主命を「下に封じ込める」という意図があったのではないかと言われている。つまり、参拝者を物理的に下降させることで、大国主命の力を地下に封印するという、一種の呪術的な意味があったのかもしれない。

あるいは、これは大国主命が「国譲り」の後に「幽世(かくりよ)」を司る神となったことと関係があるのかもしれない。幽世は地下の世界、死者の国である。下り参道は、現世から幽世へと向かう象徴的な道のりを表現しているのかもしれない。

厳かなる参拝と不思議な体験

本殿前に到着すると、出雲大社独特の参拝作法を行う必要がある。一般的な神社では「二拝二拍手一拝」だが、出雲大社では「二拝四拍手一拝」である。この四拍手には特別な意味があるとされている。

神々の集う神社

吾輩とご主人は、作法に従って丁寧に参拝を行った。その瞬間、不思議な体験をした。四拍手を打った直後、境内に響く音が妙に澄んで聞こえたのである。まるで空気そのものが浄化されたような、そんな感覚だった。

「今の音、なんか特別だったよね」とご主人が驚いている。

吾輩も同じことを感じていた。牛の聴覚は人間より敏感だが、確実に何か異質な音響効果があったのだ。これが神社建築の音響特性なのか、それとも本当に霊的な現象なのか、判断はつかない。しかし、確実に何かが起こったのである。

参拝を終えた後、境内を散策した。出雲大社の境内は実に広大で、本殿以外にも多くの摂末社が点在している。特に注目したのが神楽殿の大注連縄である。長さ13.6メートル、重さ5.2トンという巨大な注連縄が掛けられている。これを見上げていると、改めて出雲大社のスケールの大きさを実感する。

巨大な柱が最近みつかって48M説が浮上

お守り調達と宝物殿見学という知的探求

参拝後は、お守りを購入することにした。出雲大社のお守りは縁結びで有名だが、種類が実に豊富である。吾輩は「開運守」を、ご主人は「縁結守」を選んだ。牛である吾輩に縁結びは関係ないと思われるかもしれないが、これは人間関係全般の縁を指すのである。良い牧草との縁、良い酪農家との縁、そうしたものも縁結びの範疇に入るのではないか。

お守りを購入した後は、宝物殿を見学した。ここには出雲大社の貴重な文化財が展示されている。平安時代の古文書から、近世の工芸品まで、実に多岐にわたるコレクションである。

特に印象的だったのは、出雲大社の歴代本殿の模型である。現在の本殿、江戸時代の本殿、そして伝承される古代の48メートル本殿の模型が並べて展示されている。48メートルの模型を見ると、その威容たるや想像を絶するものがある。これが実在したとすれば、古代日本の建築技術の高さは驚異的なレベルだったということになる。

ご主人は古文書の前で長時間立ち止まっていた。 「こういう古い文字って、なんか神秘的だよね。現代では失われた何かが込められてる気がする」

吾輩も同感である。文字には、その時代の人々の魂が宿っているのではないか。特に神社に関する文書となれば、なおさら霊的な力が込められているに違いない。

荒木屋への期待と予期せぬハプニング

宝物殿見学を終えた我々は、いよいよお楽しみの昼食タイムへ向かった。目指すは出雲そばの名店「荒木屋」である。ガイドブックにも必ず載っている超有名店で、出雲大社参拝の後の定番コースとされている。

吾輩の期待は最高潮に達していた。出雲そばとは、いわゆる「割子そば」のスタイルで提供される蕎麦で、松江藩の殿様に献上されたという由緒正しい郷土料理である。普通の蕎麦とは異なり、そば殻ごと挽いて作るため、色が黒っぽく、香りが非常に強いのが特徴だ。

荒木屋の前に到着すると、しかし予期せぬ光景が待っていた。店の入口に「本日定休日」の札が掛けられているのである。

何年も行きたかったが無念の定休日

「えええ!嘘でしょ!」ご主人の絶望的な叫び声が境内に響いた。

事前にしっかりと営業日を調べておくべきだった。これは旅行の基本中の基本である。しかし、旅にはこうしたハプニングがつきものだ。これもまた旅の醍醐味の一つと言えるだろう。

救世主現る!「かねや」という新たなる発見

途方に暮れていると、地元の方が声をかけてくれた。 「荒木屋さんがお休みでしたら、すぐ近くにかねやさんという美味しいお店がありますよ。地元の人もよく行く隠れた名店なんです」

その方の指差す方向を見ると、確かに「出雲そば かねや」という看板が見える。我々は藁にもすがる思いで、そちらに向かうことにした。

救世主のかねやさん

「かねや」は、荒木屋ほどの知名度はないものの、地元では非常に評価の高い蕎麦屋として知られている。創業は昭和42年で、現在は二代目が店を切り盛りしている。観光客向けというより、地元の人々に愛され続けてきた、正統派の出雲そば専門店である。

店内に入ると、昭和の香りが色濃く残る落ち着いた雰囲気だった。カウンター席とテーブル席があり、こぢんまりとした空間だが、清潔感があり、蕎麦へのこだわりを感じさせる。

「いらっしゃいませ。お二人様ですね」 店主の温かい声に迎えられ、我々はテーブル席に案内された。

メニューを見ると、出雲そばの基本である「割子そば」から「釜揚げそば」まで、バラエティに富んだラインナップが並んでいる。価格も観光地価格ではなく、非常に良心的だ。

ご主人は迷わず「三色割子そば」を注文した。これは割子そばに、とろろ、なめこ、山菜がそれぞれ載った、出雲そばの王道メニューである。吾輩は単品の「割子そば」を選択した。牛として、シンプルにそばそのものの味を確かめてみたかったのである。

着丼ドーンだ!!かねやの絶品出雲そば

待つこと10分、ついに運命の瞬間が訪れた。

着丼ドーンだ!!

タワー蕎麦

店主自らが運んでくれた割子そばは、見た目からして普通の蕎麦とは明らかに異なっていた。色が濃い黒色で、そば殻の粒々が見える。香りも強烈で、牛の鋭敏な嗅覚を直撃した。これぞ出雲そばの真髄である。

バリエーションやな

「出雲そばは、そば殻ごと挽いて作るんですよ。だから色が黒くて、香りが強いんです。最初はびっくりされるお客さんも多いですが、食べてみると病みつきになりますよ」

店主が丁寧に説明してくれた。確かに、これまで食べてきた蕎麦とはまったく別の食べ物と言っても過言ではない。

出雲そばの食べ方にも独特の作法がある。まず一段目の割子に薬味とつゆを入れて食べ、そばつゆが残ったら次の段にかけて食べるのである。これを繰り返すことで、最後の段では非常に濃厚な味になるという仕組みだ。

「それでは、いただきます」

箸でそばを持ち上げた瞬間、さらに強烈な香りが鼻腔を直撃した。これは確実に今まで食べたことのない蕎麦である。恐る恐る口に運ぶと、予想を遥かに超える複雑な味わいが口中に広がった。

そば本来の甘みと苦み、そして何とも言えない野趣あふれる風味。これはまさに「蕎麦の原点」とも言うべき味わいだ。精製された現代の食べ物に慣れた舌には、最初は少々強烈に感じるかもしれない。しかし、噛めば噛むほど、その奥深さが理解できる。

ご主人は三色割子そばを堪能している。

ご主人

うわあ、これヤバいね。とろろと一緒に食べると、まろやかになって食べやすくなる。でも、山菜と一緒だとまた違った味わいになるし、なめこは食感のアクセントになってる。これは計算し尽くされた組み合わせだよ

吾輩も同感である。一つのそばでありながら、薬味や食べ方によって全く異なる表情を見せる。これは料理としての完成度が非常に高いということだ。

特に感動したのは、そばつゆの味である。関東の濃いつゆとも、関西の薄いつゆとも異なる、独特の風味がある。甘さと塩味のバランスが絶妙で、出雲そばの個性的な味わいを見事に引き立てている。

「このつゆも自家製なんですよ。昔からの製法を守って作っています。出雲そばには出雲そば専用のつゆが一番合うんです」

店主の誇らしげな表情を見て、職人としてのこだわりを感じた。こうした伝統を守り続けることの尊さを、改めて実感する。

食べ進めるうちに、吾輩は出雲そばの真価を理解した。これは単なる蕎麦ではない。出雲の大地で育った蕎麦の実を、伝統的な製法で作り上げた、まさに「郷土の味」そのものなのだ。牛として、この土地の恵みを直接的に感じることができるのは、実に感慨深いものがある。

そばに魅せられた牛の哲学的考察

割子そばを完食した吾輩は、深い満足感に包まれていた。これまで様々な草や穀物を食してきたが、出雲そばほど「土地の魂」を感じさせる食べ物は初めてである。

そばという植物は、痩せた土地でも育つ強靭な生命力を持っている。出雲の風土で育ったそばは、この地の自然条件すべてを吸収して成長したのだろう。それを皮ごと挽いて作る出雲そばは、まさに出雲という土地そのものを食べているようなものだ。

ご主人も感動を隠せない様子だった。 「荒木屋に行けなかったのは残念だったけど、結果的にはかねやに出会えて良かったよ。こういう地元の隠れた名店を見つけるのも、旅の楽しみの一つだよね」

確かにその通りだ。予定通りにいかないからこそ、新しい発見がある。これもまた旅の醍醐味というものだろう。

食事を終えて店を出る際、店主が見送ってくれた。 「出雲の味はいかがでしたか?また出雲にいらした時は、ぜひお立ち寄りください」

その温かい言葉に、吾輩は心から感謝の気持ちを抱いた。美味しい蕎麦もさることながら、人の温かさこそが旅の最大の収穫かもしれない。

タクシーでの急行と駅での土産購入劇

かねやでの昼食を終えた我々は、出雲市駅へ向かうためタクシーを呼んだ。予定していた特急やくもの時刻が迫っていたからである。

タクシーの運転手さんは地元の方で、道中、出雲の観光情報をいろいろと教えてくれた。 「出雲大社はいかがでしたか?蕎麦も召し上がりましたか?出雲に来たら蕎麦は外せませんからね」

ご主人が荒木屋が休みだったことを話すと、 「ああ、それは残念でしたね。でもかねやさんも美味しいですよ。地元の人間もよく行きます」

やはり、かねやは地元では評価の高い店のようだ。我々の選択は間違っていなかった。

出雲市駅に到着すると、予想以上に急ぎの展開となった。特急やくもの発車まで、わずか15分しかない。しかし、あの絶品出雲そばの味が忘れられず、お土産に乾麺を購入することにした。

駅の売店で出雲そばの乾麺を物色していると、思わぬハプニングが発生した。券売機の前で、観光客らしき男性が小銭を出したり引っ込めたりを延々と繰り返している。後ろには長蛇の列ができているのに、一向に購入を完了させる気配がない。

ご主人

おい、やくもの発車まであと4分だぞ!

ご主人が焦っている。

その時、駅員さんがファインプレーを見せてくれた。

スタッフ

お急ぎのお客様、こちらの窓口で先にお買い求めください

窓口に案内してくれたおかげで、発車1分前になんとか切符を購入し、特急やくもに飛び乗ることができた。

駅員さんの機転がなければ、確実に乗り遅れていたところだった。これぞ、日本のおもてなしの精神である。

特急やくもで岡山へ、主人の感慨深き帰郷

特急やくもの座席に座った瞬間、安堵のため息が漏れた。危うく乗り遅れるところだったが、なんとか予定通りの列車に乗ることができた。手には出雲そばの乾麺の土産袋。これで家に帰っても出雲の味を楽しむことができる。

やくもは出雲市から岡山まで約2時間半の旅路である。山陰と山陽を結ぶ重要な路線で、中国山地の美しい風景を楽しむことができる。車窓から見える景色は、出雲の平野部から次第に山間部へと変わっていく。

ご主人

岡山に近づくにつれて、だんだん懐かしい感じがしてくるよ。小学生と中学生の頃を過ごした場所だからね

ご主人は車窓を眺めながら、しみじみとした表情を浮かべている。

そうだった。ご主人は岡山で少年時代を過ごしたのだった。今回の旅行は、出雲観光だけでなく、故郷への帰省も兼ねているのである。

「岡山城や後楽園も、小学校の遠足で行ったんだ。その頃は歴史なんて全然興味なかったけど、大人になってから見ると、また違った感慨があるんだろうね」

吾輩は牛として、人間の郷愁という感情について考えを巡らせた。牛にとって故郷とは、生まれた牧場ということになるだろう。その牧場の草の匂い、風の感触、そうしたものが心の奥底に刻まれているのかもしれない。ご主人の岡山に対する思いも、そうした原初的な記憶によるものなのだろう。

やくもは順調に中国山地を駆け抜けていく。次第に見える景色が山間部から平野部へと変わり、岡山が近づいていることを実感する。

岡山到着、懐かしき故郷での城址巡り

午後3時過ぎ、特急やくもは岡山駅に到着した。ご主人の表情が明らかに変わったのを、吾輩は見逃さなかった。15年ぶりの岡山である。

「うわあ、岡山駅、こんなに大きくなってたんだ。昔はもっと小さかったのに」

確かに岡山駅は立派な駅ビルを有する、地方都市の中核駅らしい威容を誇っている。ご主人の記憶の中の岡山駅とは、すっかり様変わりしているようだ。だが、ついに第二の故郷の岡山の土地を踏みしめたのだ。

まずはバスで岡山城へ向かった。岡山城は豊臣秀吉の家臣だった宇喜多秀家によって築かれた城で、その黒い外観から「烏城(うじょう)」とも呼ばれている。現在の天守閣は戦後の復元だが、それでも威風堂々たる姿を見せている。

バスで市内を移動していると、ご主人がポツリと呟いた。 「このあたり、よく自転車で走り回ったなあ。あの角を曲がると駄菓子屋があったんだけど、もうないだろうな」

岡山城に到着すると、その立派さに改めて感心した。黒い外壁が青空に映えて、実に美しい。天守閣の内部は博物館になっており、岡山の歴史について詳しく学ぶことができる。

岡山城と後楽園の歴史的意義

岡山城は1597年、宇喜多秀家によって完成された。当時としては最新の築城技術が用いられ、実用性と美観を兼ね備えた名城として知られていた。残念ながら第二次大戦の空襲で焼失したが、1966年に再建され、現在に至っている。

城内の展示を見て回ると、岡山の歴史の深さを実感する。宇喜多氏、小早川氏、池田氏と、歴史上重要な大名家が治めた土地であることがよくわかる。

岡山城見学の後は、隣接する後楽園へ向かった。後楽園は岡山藩主池田綱政によって造られた大名庭園で、金沢の兼六園、水戸の偕楽園と並んで日本三名園の一つとされている。

後楽園の特徴を列挙すると以下の通りである:

広大な芝生地: 他の日本庭園には珍しい、開放感のある設計 • 借景技法: 岡山城を背景に取り込んだ絶妙な景観構成
池泉回遊式: 中央の沢の池を中心とした回遊式庭園 • 四季の美: 梅、桜、紅葉と、季節ごとに異なる表情を見せる • 実用性: 藩主の饗応の場としても使われた実用的側面

園内を歩いていると、江戸時代の大名の美意識の高さに感嘆する。単なる観賞用ではなく、政治的な饗応の場としても機能した、実に計算し尽くされた空間設計である。

ご主人は芝生地のベンチに座り、しばし感慨にふけっていた。 「子供の頃は、こんな庭園の素晴らしさなんて全然わからなかった。でも今見ると、本当に美しいなあ。日本人の美意識って、やっぱりすごいよね」

吾輩も同感である。牛の美意識からしても、この庭園の調和の取れた美しさは理解できる。自然と人工のバランス、これこそが日本文化の真髄なのかもしれない。

岡山駅での美食探求、吾妻寿司の発見

岡山城と後楽園の見学を終えた我々は、岡山駅に戻って夕食の店を探すことにした。せっかく岡山に来たのだから、岡山らしいグルメを堪能したい。

駅ビル内を歩き回り、我々が目をつけたのは「吾妻寿司 岡山駅店」である。岡山の郷土料理である「ママカリ」が食べられる店として有名だ。ママカリとは、岡山県近海で獲れるサッパという魚を酢で締めたもので、あまりの美味しさに「ママ(飯)を借りてでも食べたい」ということから名付けられたと言われている。

吾妻寿司は昭和23年創業の老舗寿司店で、岡山駅店は本店の味をそのまま駅ビルで味わえる貴重な存在である。地元の新鮮な魚介類を使った寿司で定評があり、特にママカリ寿司は岡山土産の定番となっている。

吾妻寿司岡山駅店

店内に入ると、寿司屋らしい清潔感のあるカウンターとテーブル席が配置されている。平日の夕方ということもあり、地元のサラリーマンや観光客で程よく賑わっていた。

「いらっしゃいませ。お二人様でよろしいですか」

店員さんに案内され、テーブル席に座った。メニューを見ると、やはりママカリ関連のメニューが充実している。ママカリ寿司6個セット1300円、そして岡山のもう一つの名物である鰆を使った鰆丼1650円が気になった。

ご主人が決断した。 「ママカリ寿司6個を二人でシェアして、鰆丼も頼もう。岡山の味を堪能したいからね」

注文を済ませて待っていると、まずはママカリ寿司が運ばれてきた。小ぶりの握り寿司が6個、美しく盛り付けられている。ママカリの銀色の身が酢の効果でほんのり白っぽくなり、見た目も上品だ。

これがママカリ寿司

「ママカリって、どんな魚なんだろうね」とご主人が興味深そうに眺めている。

実はママカリの正式名称は「サッパ」で、ニシン科の魚である。瀬戸内海沿岸でよく獲れる魚で、小骨が多いため通常は酢で締めて食べることが多い。酢で締めることで小骨が気にならなくなり、独特の風味が生まれるのだ。

一口食べてみると、予想以上に繊細な味わいだった。酢の酸味と魚の旨味が絶妙にバランスを取り、後味に微かな甘みが残る。これがママカリの真価なのだろう。

これはうまいぞ!ママを借りに行こうじゃないか

ご主人も感動している。

ご主人

これは美味しいね。酢締めの魚って、関東ではあまり馴染みがないけど、こんなに上品な味なんだ。確かに『ママを借りてでも』食べたくなる味だよ

着丼ドーンだ!!鰆丼という岡山の海の恵み

ママカリ寿司を半分ほど食べ進めたところで、待ちに待った鰆丼が到着した。

着丼ドーンだ!!

サワラ丼だ

目の前に現れたのは、見事なまでに美しい鰆丼だった。分厚く切られた鰆の刺身が、艶々とした白飯の上に贅沢に盛り付けられている。鰆独特の銀色に輝く身が、照明に反射してキラキラと光っている。

「うわあ、これはすごい!鰆ってこんなに立派な刺身になるんだ」ご主人の興奮が伝わってくる。

鰆は漢字で「魚」偏に「春」と書くように、春が旬の魚とされているが、実は岡山県では一年中美味しく食べられている。特に瀬戸内海で獲れる鰆は、身が締まっていて脂ものっており、刺身で食べると絶品なのだ。

箸で鰆を持ち上げてみると、その身の厚さに驚く。通常の刺身よりもかなり厚く切られており、食べ応えがありそうだ。恐る恐る口に運んでみると、予想を遥かに超える美味しさが口中に広がった。

う、うまいぞ!うますぎる

鰆特有の上品な甘みと、微かな脂の旨味。そして何より、その身の柔らかさが印象的だった。マグロのような赤身とも、ハマチのような青魚とも違う、鰆独特の食感と味わいがある。

「これヤバいね。鰆って、こんなに美味しい魚だったんだ。東京じゃなかなか食べられないよ、この新鮮さは」

ご主人の感想に、吾輩も完全に同意する。これはまさに岡山の海の恵みそのものだ。瀬戸内海で育った鰆の、その土地ならではの味わいを存分に堪能することができる。

モウモウ

こ、これはうますぎるのだ

鰆丼についてくる味噌汁も絶品だった。岡山名物のワカメがたっぷり入っており、磯の香りが口中に広がる。この味噌汁一つを取っても、岡山という土地の特色を感じることができる。

吾妻寿司の歴史と職人の技

食事をしながら、店員さんに吾妻寿司の歴史について伺ってみた。

「当店は昭和23年創業で、もう75年以上になります。初代が岡山で寿司店を始めて、岡山の新鮮な魚介類を使った寿司で評判になりました。特にママカリ寿司は、岡山を代表する郷土料理として多くのお客様に愛されています」

75年の歴史を持つ老舗である。戦後復興期から岡山の食文化を支え続けてきた店なのだ。それだけでも価値のある存在である。

スタッフ

ママカリは瀬戸内海で獲れたものを使っています。酢で締める技術も、長年の経験から培われたもので、塩加減や締める時間など、すべて職人の勘に頼る部分が大きいんです

職人の技術によって支えられているのがよくわかる。機械的な作業では決して出せない、手作りの味わいがあるのだろう。

鰆についても詳しく教えてくれた。 「鰆は岡山県の県魚にも指定されている、まさに岡山を代表する魚です。瀬戸内海の鰆は身が締まっていて、脂ものっており、刺身で食べるのが一番美味しいとされています」

岡山県の県魚だったとは知らなかった。それだけ岡山にとって重要な魚なのだろう。

食事を終えて会計を済ませる際、店員さんが最後に言ってくれた言葉が印象的だった。 「岡山の味はいかがでしたか。またぜひお立ち寄りください。岡山には他にも美味しいものがたくさんありますから」

その温かい言葉に、岡山の人々のもてなしの心を感じた。食べ物だけでなく、人の温かさも岡山の大きな魅力の一つなのだろう。

白桃パフェへの憧れと現実的な選択

吾妻寿司での食事を終えた我々は、岡山のもう一つの名物である白桃のデザートを求めて駅ビル内を探索した。岡山といえば白桃の名産地として全国的に有名である。この時期なら、きっと美味しい白桃のパフェが食べられるはずだ。

「白桃のパフェでも食べて締めくくろうか」とご主人が提案した。

しかし、現実は思うようにいかなかった。時間は既に夕方6時を回っており、多くのカフェやデザート店は既に営業を終了していた。新幹線の時刻も迫っており、ゆっくりとパフェを味わう時間的余裕もない。

「残念だけど、パフェは諦めるしかないかな。新幹線の時間もあるし」

そんな時、駅の売店で白桃のジュレを発見した。岡山産の白桃を使った、プルプルとした食感のデザートである。パフェほどの豪華さはないが、岡山の白桃の味を楽しむには十分だろう。

「これなら新幹線の中でも食べられるし、ちょうど良いね」

白桃ジュレを購入し、新幹線の改札口へ向かった。旅の最後に岡山の味をもう一つ味わうことができそうだ。

のぞみ号での帰路、旅の総括と感慨

午後6時20分発ののぞみ号に乗り込んだ。岡山駅のホームで新幹線を待つ間、今回の旅を振り返っていた。サンライズ出雲での一夜、出雲大社での神秘的な体験、絶品の出雲そば、懐かしい岡山での観光、そして美味しい岡山グルメ。実に内容の濃い旅だった。

新幹線の座席に座ると、安堵感と同時に一抹の寂しさも感じた。楽しい旅がいよいよ終わりに近づいているのだ。

ご主人が白桃ジュレを開けて食べ始めた。 「うん、やっぱり岡山の白桃は別格だね。甘みが全然違う」

吾輩も少し分けてもらったが、確かに普通の桃とは明らかに異なる上品な甘さだった。これもまた岡山の土地の恵みなのだろう。

新幹線が岡山駅を出発すると、車窓には夕暮れの中国地方の風景が広がった。山々のシルエットが美しく、どこか郷愁を誘う光景だった。

「今回の旅、本当に良かったよ。サンライズ出雲は念願だったし、出雲大社も想像以上に神秘的だった。出雲そばも岡山グルメも最高だったし」

ご主人の満足そうな表情を見て、吾輩も心から同感した。確かに今回の旅は、様々な意味で特別なものだった。

牛的視点からの旅行総括論

新幹線が関西を通過し、富士山のシルエットが見えてくる頃、吾輩は今回の旅について深く考察を巡らせていた。

まず、東京駅「祭」での駅弁調達から始まったこの旅は、まさに日本の食文化の多様性を体現していた。全国各地の駅弁が一堂に会する「祭」は、日本という国の豊かな地方文化の縮図とも言えるだろう。

続くサンライズ出雲での一夜は、単なる移動手段を超えた、旅そのものの醍醐味を味わわせてくれた。寝台列車という、現代では希少な存在となった交通手段で、ゆっくりと時間をかけて目的地へ向かう。これは効率重視の現代社会に対するアンチテーゼのようなものかもしれない。

出雲大社での体験は、日本の精神文化の深さを再認識させてくれた。数千年の歴史を持つ古社で感じた霊気は、科学万能の現代においても、人間の心の奥底に眠る宗教的感情を呼び覚ますものがあった。

出雲そばと岡山グルメでの食体験は、地域固有の食文化の重要性を教えてくれた。グローバル化が進む現代において、その土地でしか味わえない郷土料理の存在は、文化的アイデンティティを保持する重要な要素なのだろう。

そして何より、旅における人との出会いの素晴らしさを実感した。出雲大社での地元の方のアドバイス、かねやの店主の温かいもてなし、タクシー運転手さんの心遣い、駅員さんのファインプレー、吾妻寿司での丁寧な説明。こうした人と人との触れ合いこそが、旅の真の価値なのかもしれない。

東京駅到着、日常への帰還

午後9時過ぎ、新幹線は東京駅に到着した。約22時間に及ぶ長い旅がついに終了したのである。

ホームに降り立った瞬間、東京の喧騒が一気に押し寄せてきた。人々の足音、電車の音、街の雑音。出雲や岡山の静寂とは対照的な、都市の活気に満ちた音響空間だ。

「ああ、東京に帰ってきたんだなあ」ご主人が感慨深げに呟いた。

確かに、わずか一日とはいえ、山陰の神秘的な空気と岡山の郷愁溢れる雰囲気を体験した後では、東京が別世界のように感じられる。

しかし、これもまた日本という国の多様性の表れなのだろう。同じ国の中に、これほどまでに異なる文化と風土が共存している。改めて日本という国の奥深さを感じずにはいられない。

旅の意義についての最終的考察

家に帰る電車の中で、吾輩は今回の旅の意義について最終的な考察を行った。

旅とは何か。単なる観光や移動ではない。それは日常から一時的に脱却し、異なる環境に身を置くことで、新たな視点を獲得する行為なのではないか。

今回の旅で我々が得たもの:

文化的発見 – 出雲そばや岡山グルメなど、地域固有の食文化への理解 歴史的洞察 – 出雲大社や岡山城を通じた日本史への新たな視点
人的交流 – 各地で出会った人々との心温まる触れ合い 自然体験 – 宍道湖や後楽園での美的体験 技術的感動 – サンライズ出雲という鉄道技術への感嘆

モウモウ

これらすべてが組み合わさって、かけがえのない旅の記憶となった。牛である吾輩にとっても、人生観を大きく広げてくれる貴重な体験だった。

エピローグ:祭からサンライズ出雲、そして未来へ

東京駅「祭」での駅弁調達に始まり、サンライズ出雲での夢の一夜、出雲大社での神秘体験、絶品出雲そばとの出会い、懐かしい岡山での観光、美味なる岡山グルメの堪能。そして新幹線での帰路まで。

わずか24時間足らずの旅程でありながら、これほどまでに濃密な体験を積むことができたのは、綿密な計画と、何よりも旅に対する情熱があったからこそだろう。

サンライズ出雲という、現代では希少な存在となった寝台列車。その最後の煌めきを体験できたことは、鉄道ファンでなくとも貴重な経験だった。いつまでもこの素晴らしい列車が走り続けることを、吾輩は心から願っている。

出雲そばの味は、今も舌の記憶に鮮明に残っている。あの独特の風味と食感を、いつかまた味わいたいものだ。購入した乾麺でも、きっとある程度は再現できるだろう。

岡山での体験も印象深かった。ご主人の故郷への思い、ママカリや鰆の美味しさ、そして何より人々の温かさ。これらすべてが心に深く刻まれている。

この旅を通じて、吾輩は改めて日本という国の素晴らしさを実感した。小さな島国でありながら、これほどまでに豊かな文化と自然に恵まれている。そして、それを守り続けている人々がいる。

旅は人を成長させる。牛である吾輩でさえ、この一日で多くのことを学び、感じることができた。きっとご主人にとっても、人生の重要な記憶の一ページとなったことだろう。

また近いうちに、どこか別の場所へ旅に出たいものである。日本にはまだまだ知らない土地、味わったことのない食べ物、出会ったことのない人々がたくさんいるのだから。

吾輩は牛である。そして今、一匹の旅する牛なのである。

投稿者プロフィール

モウモウ
モウモウ大富豪になっても結局食と旅
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。

もっと詳細が知りたいもの好きなあなたはプロフィール欄の記事を読んで欲しい

にほんブログ村:押してもらえると嬉しいです

東京食べ歩き:読んだ印に押してもらえると拡散します

旅行ブログ:読んだ印に押してもらえると拡散します

カフェ:押してもらえると記事が拡散されるので嬉しいな

吾輩を押してもらうと喜びます

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

友達にもシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次