春の陽光が、四谷外濠公園の桜をあまりにも見事なまでに照らし出すので、ご主人様――例の天然を絵に描いたような御仁――が、興奮冷めやらぬまま、唐突に「団子じゃなくて鯛焼きを洒落こむぞ!」と宣った。この愚鈍なご主人にとって、花見の後の甘味など、ただの糖質補給に過ぎないのだろうが、吾輩にとってはそうはいかない。この四谷という街は、その無骨な佇まいの奥に、例えば餃子酒場の喧騒や、

たけだの静かなる旨味といった、

人間たちの食欲と業が渦巻く美食の聖域である。その一角に、魚の形をした菓子が、七十余年の時を超えて存在し続けている。
吾輩は、牛という種族の持つ特権的視点から、この「たいやき わかば」という存在を哲学的に考察せねばならない。

店の中へ。行列を捌く効率性を潔く捨て去ったような、古き良き空間。幸いなことに、ここは持ち帰りだけでなく、奥の中でじっくりと味わえるスタイルを持っている。人間たちの、刹那的な美意識とはかけ離れた、永続的なる「和」の精神が、この空間には満ちている。
吾輩が席に着くや否や、ご主人様は早くもその天然ぶりを発揮し、声を潜めるどころか、店内にかろうじて響くトーンで独り言を始めた。

ご主人いやあ、しかし、外濠の桜は本当にきれいだったね。あの、満開から散り際に移る、あの淡いピンクの無常感がさ、たまらないんだよね! 桜ってのは、美しさの裏に『儚さ』っていう深すぎる哲学を隠してるんだよ。ところで、このたい焼きも、いつかはお皿の上から消えてしまう。儚いものって、なんでこんなに魅力的なんだろうね?
相変わらずの浅薄な「無常論」に、吾輩は心の中で嘆息する。儚いのではない、ご主人。それは、有限であるがゆえの「真摯さ」なのだ。
この「わかば」の鯛焼きが、なぜ東京三大たい焼きの一角を占めるに至ったか。それは昭和二十八年(1953年)の創業当時から貫かれる**「一丁焼き」**という製法に、人間の「誠実さ」が宿っているからに他ならない。一つの型で、一匹ずつ焼き上げる。大量生産の効率性とは対極にある、この原始的なまでの手仕事こそが、この鯛の「個」を確立しているのだ。
そして、運命の瞬間が訪れた。
「こ、これは…! 」


ご主人様の奇妙な雄叫びと共に、眼前に置かれた一匹の鯛。
吾輩は、その焦げ目も香ばしい薄皮を静かに見つめる。ご主人様は熱いと騒ぎながら、すでに頭から齧りつき、その感動をそのまま垂れ流し始めた。



うわぁ、皮がパリッパリだ! そして、この餡子、頭から尻尾まで、ぎっしり詰まってるよ! 塩気が効いてて、甘さがくどくない。あずきがぷりっぷりで、まさに生きている餡子だ!
牛である吾輩にとって、鯛の形は単なるメタファーに過ぎない。重要なのは、その「中身」だ。ご主人様の言う通り、その自家製の餡子には、北海道産小豆の真摯な粒が、ふっくらと膨らんで、互いを尊重し合いながら凝縮している。このぷりっぷりのあんこの存在感こそが、この鯛焼きを単なる和菓子から「作品」へと昇華させている。
この餡子の塩気。それは、甘美な人生の奥底に潜む、現実の苦味であり、認識のアイロニーだ。甘さだけでは、この世界は描けない。初代から守り抜かれた「尻尾まで餡子」という美学は、演劇評論家・安藤鶴夫氏がかつて見抜いた「主人の仕事に『人間の誠実さ』を味わった」という核心そのものだろう。尻尾の先まで手を抜かないという美意識は、まさに誠実さの具現化だ。
吾輩は静かに考察する。



人間は、なぜ魚の形に豆を詰めて焼くのだろうか? それは、魚のように大海を泳ぎ、自由を渇望する自己の願望を、甘く、噛み応えのある現実(あんこ)で満たしたいという、深層心理の表れではないか?
このわかばの鯛焼きは、決して儚い無常ではない。これは、変わらぬ製法と、変わらぬ誠実さという、人間が到達しうる「永遠」を象徴している。四谷の桜が今年も散り、また来年咲くように、この鯛焼きもまた、人々の記憶と味覚の中で、永久に「わかば」として存在し続けるだろう。
吾輩の食通としての結論は一つ。
この一匹の鯛は、ご主人様の「儚い」だの「きれいだ」だのという浅薄な感想を遥かに超えて、「いかに生きるべきか」という、深遠なる問いかけを、塩気と共に吾輩の舌の上に突きつけてくるのだ。
牛である吾輩は、静かに、そして皮肉な笑みを浮かべながら、この甘く哲学的な問いを咀嚼し続けた。
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