吾輩は牛である。
平日の夜七時。新宿の冷徹な寒空の下、気温はまるで無関心な哲学者のように0℃を示している。この物理的な厳しさの中、吾輩は「餃子の福包」の店先に、自らの哲学的な探求の場を見出した。既に五組ほどの人間が列をなしている。
興味深いことに、その列の中には、心なしか外国人の割合が一定数いた。
彼らは、なぜこの東洋の地で、小麦粉の皮で肉と野菜を包んだ、この簡素な料理に、これほどの熱意を示すのだろうか。
もしかしたら外国人にとって餃子は珍しいジャパニーズフードなのかもしれない。人類は常に、自らの起源と、異文化の起源に、同じほどの好奇心を抱く。彼らにとって、この餃子は、日本という異国の魂を包んだ、小さな宇宙のメタファーなのだろうか。
吾輩は、自らのスマホをいじりながら、物理的な時間の経過を、デジタルな虚構で埋め合わせるという、現代人の滑稽な習性に倣い、静かに待機する。待つこと二〇分くらいして、ようやく声がかかり、いよいよ入店。この一連の「待機」と「通過儀礼」が、食事という行為を、単なる栄養摂取から、より神聖な体験へと昇華させるのだ。
店内は、喧騒と、心地よい油の香りが充満している。席に着くや否や、厨房は、まるで人間の欲望を具現化するマシーンのように、驚くべき効率で稼働している。
「着席から割とすぐに料理が運ばれてきて五分くらいで着丼だった」というこのスピードは、この店の哲学そのものだ。すなわち、「幸福(福包)は、待たせるべきではない」という、実存的な優しさである。
吾輩がこの夜に選んだのは、人生の二元論を象徴するメニューだ。
・焼き餃子(ニンニク入り) ・水餃子(ニンニク無し) ・ごはん大盛
翌日が休みだからこそ、人間は自らの社会的な枷を外し、「ニンニク」という生の欲望を、許容することができる。翌日が休みのため、一つにはニンニク入りを頼んだのだ。ニンニク有りの「焼き」は、社会規範からの解放であり、ニンニク無しの「水」は、純粋な素材の味を求める、内省的な精神性の象徴である。
餃子も金曜日の夜ということで2皿も頼めなかった思い出や

あの安くてうまいものしか受け付けない体質のフィリップでさえ満足した餃子の想い出が蘇るのだ

さあ、目の前に現れた、この円形の具現化。焼き餃子と大盛りのご飯の、この完璧なまでの調和。
「肉と野菜と炭水化物、この世界の三位一体。これこそが、人間の求める究極のパッケージではないか! 『着丼ドーンだ!!』」

まず、焼き餃子。
だがこの餃子のモチモチ感たるや半端なく美味しい。皮が分厚く、まるで生命を包み込む羊水の膜のように、餡という名の真理を守り抜いている。このモチモチ感は、人類が求める「確かな手触り」であり、「存在の安心感」だ。そして、気温〇℃の東京の寒空の下で待っていたという過去の苦行が、この熱い餡子(注:餃子の餡)を口に含んだ瞬間の、美味しさもこれまたひとしおといった感じだ。苦行こそが、快楽の価値を高める。
そして、対極の水餃子もメチャ美味しい。水の中に浮かぶその姿は、まるで、社会的な匂いを一切纏わない、清廉潔白な哲学の塊だ。皮の透明感が、中身の野菜と肉の絶妙なバランスを透かし、ニンニクという強烈な自我を排除したことで、素材そのものの声が、よりクリアに聞こえてくる。
ふと、隣の席に目をやると、一人の人間が、異様な数の餃子を目の前に積み上げている。隣の人は餃子二〇個位頼んでいてちょっとビックリした。しかし、吾輩はすぐに理解する。
(吾輩のモノローグ):だが、このうまさならその数いけます! この餃子は、人間の理性ではなく、本能を直撃する。安価であること、そして、ただ純粋に美味であること。この二つの条件が揃えば、人類は際限なく、この「小さな幸福の塊」を胃袋に収めようとするのだ。
この極めて個人的な「幸福論」の結末は、さらに哲学的である。
お会計は一〇〇〇円でお釣りがくるくらいでした。
一〇〇〇円。この小さな紙幣と引き換えに、吾輩は、身も心も温められ、ニンニクという名の自由を享受し、そして、人生の多角的な「旨味」を味わった。
この「餃子の福包」は、高価な美食が与える一時の優越感ではなく、「安価で普遍的な幸福」という、より民主的で、より真摯な哲学を、分厚いモチモチの皮で包み込み、世に提供しているのだ。吾輩は、その深い哲学に、静かに感謝し、新宿の闇の中へと消えていった。
投稿者プロフィール

- 大富豪になっても結局食と旅
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吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。
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