
かつては銀座界隈で干し草を食む毎日を送っていたこともあり、この街の変遷は胃袋で感じてきた。最近、食通を気取る人間たちの間で「グルガオン」なる本格インドカレー店が人気を博していると聞き及んだ。牛としての矜持にかけて、その実力を確かめねばなるまい。
外観がわかりにくい
銀座一丁目の瀟洒なレンガ通りの街並みを、四つの蹄で悠然と進む。目当ての店は地下にあるという。なるほど、これはうっかり通り過ぎるのがマストであろうな。人間どもの慌ただしい足取りを横目に、吾輩は緑色の看板をすぐさま捉えた。牛の嗅覚、侮るなかれ。
階段を降りると、そこにインドはなかった。いや、正確に言えば、吾輩が想像していたインドではなかった。もっとこう、混沌と喧騒、スパイスの香りが渦巻く空間かと思いきや、まるで洒落たカフェのような落ち着いた空間が広がっている。

壁には「ミティラー画」なる、北インドの民俗画が飾られているらしい。 3000年以上も母から娘へ伝えられてきたアートだというが、吾輩には牛の落書きとの違いが判然としない。もちろんミティラーでもないかもしれない。
店内の様子
夜の6時、幸いにも待ち人はいなかった。吾輩は一人、いや一頭で来たのだと胸を張って入店する。すると、インド人らしきスタッフが駆け寄り、テーブルを引いて席へと案内してくれた。実にスマートな接客である。好感が持てる。
さて、歴史に触れておこう。グルガオンは1994年創業。銀座のインド料理界において長らく旗艦のように存在してきた。姉妹店に「エリックサウス」などもあり、まさに東京インドカレーの系譜の一部を担っている。百名店常連も納得だ。
しかし、何だか店内は若干煙たい。タバコの煙ではない。これは…スパイスが焙煎される香りか、それともタンドール窯から立ち上る聖なる煙なのか。厨房を覗けば、やはりインド人とお見受けする料理人たちが、真剣な眼差しで鍋を振っている。

彼らがこの店の歴史そのものなのだろう。この店は「ダバインディア」「カイバル」などを運営する会社が手がけており、その系譜は現在の南インド料理ブームの中心にさえいるという。 なるほど、ただの人気店ではない、確固たる背景があるのだ。
さて、メニューに目を落とす。うむ、目眩がするほどの品数だ。カレーだけでも数十種類、タンドール料理に前菜…。牛の脳みそでは処理しきれん。こういう時は、原点回帰に限る。結局、吾輩は定番と名高い「バターチキンカレー」(¥1630)と、この店のもう一つの名物「チーズクルチャ」(¥600)を注文した。カレーにライス、そしてクルチャ。炭水化物の三重奏は、反芻動物の胃袋をもってしても些かヘビーかもしれぬ。だが、それがいい。

なぜバターチキンかって?以前、エリックサウスで食したハニーバターチキンが脳髄を焦がすほど絶品だったからだ。あの甘美な記憶が、吾輩の舌をバターチキンへと導いたのだ。

店内を見渡せば、客のほとんどが二人以上のようだ。カップルらしき男女も散見される。金曜の夜ということもあるだろうが、薄暗い照明と落ち着いた雰囲気は、確かにデートにも使えそうだ。牛が一頭でカレーを待つ姿は、彼ら

の目にどう映っているのだろうか。まあ、どうでもいいことだが。
待ってました
その時は唐突に訪れた。『着丼ドーンだ!!』

目の前に現れたのは、夕焼けのように深いオレンジ色を湛えたバターチキンカレー。そして、見るからに熱々のチーズクルチャ。

あれ?ライスがついていないのか?テーブルにはカレーとクルチャしか置いていない。まぁいいさ、ライスの代わりにクルチャで今夜はいいだろう。チーズクルチャはシバカリーワラで食べて以来すっかり好物になった。
まずはカレーを一口。…うむ、辛くないぞ。実にマイルドでクリーミーだ。バターと生クリーム、そしてトマトの酸味と甘みが渾然一体となっている。

以前食したシバカリーワラはもう少しスパイスの輪郭がはっきりしていたし、

新宿のガンジーに至っては、口から火を噴くかと思うほどの辛さだった。

かといって、共栄堂のようなシャバシャバのスープでもない。

これは、王道の、しかしながら奥深い味わいだ。タンドールで焼かれた鶏肉は香ばしく、柔らかい。
そして、チーズクルチャだ。これがまた、とんでもない代物だった。ちぎった生地から、どこまでも伸びるチーズ。

ああ、チーズは生命の源泉、幸福中枢神経を直接刺激する神の食べ物だと吾輩は信じて疑わない。だからして、グラタン専門店の「なつめ」は天国のような店なのだ。

この暴力的なまでのチーズの奔流は、神保町のガビアルで体験したチーズの雪崩を思い出させる。

ガーリックの風味がほのかに香り、食欲をさらに加速させる。 もちもちした生地と溶けたチーズの組み合わせは、もはや反則であろう。
夢中で食べ進め、気づけば皿は空になっていた。満腹感と幸福感に包まれながら店を出ると、階段には6名ほどの行列ができていた。やはり、この店の実力は本物だったのだと、吾輩は満足げに鼻を鳴らした。
結論:うまかった
腹ごなしに、東京駅まで歩くことにしよう。反芻する胃袋を揺らしながら、銀座の夜景を眺める。この街の地理にも、だいぶ詳しくなってきたものだ。バターチキンの甘美な余韻と、チーズクルチャの背徳的な味わいが、まだ口の中に残っている。人間とは、かくも罪深く、そして素晴らしいものを創造する生き物なのか。やれやれ、牛に生まれて良かったのか悪かったのか。今宵もまた、答えの出ない問いを抱えながら、吾輩の夜は更けていくのであった。
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