東京駅丸の内口から歩いて10分位の感覚だろうか。実際にはもう少し短いのかもしれないが、都心の夜風が頬を撫でる中、時間の感覚など曖昧なものだった。吾輩は秋の夜空を歩いていた。時刻は18:30。街灯が一つ一つ灯り始める、その狭間の時間帯である。もうすっかり太陽は見えない。その代わりに三日月がビルの間から顔を出している。
煌々と光るビル群を背に、吾輩の蹄は皇居外苑へと向かう。たまには知らない場所を歩くのも情緒があっていいものだ。慣れ親しんだ牧場の青い草原とは異なる、アスファルトとガラスで織り成された都市の詩情。それもまた悪くない。
皇居のお堀では白鷺が魚を狙っている。静寂の中に潜む鋭い集中力。一瞬の隙も見逃さない眼光の鋭さ。まるで暗闇の中で獲物を追う探偵のようではないか。吾輩もかくありたいものだ。
そして吾輩は、スターバックスコーヒー 皇居外苑 和田倉噴水公園店に到着した。営業時間は21:00までらしい。
ライトアップされたロゴがなんともよい。緑の女神の微笑みが、闇夜に浮かび上がる。まるで映画『カサブランカ』のイングリッド・バーグマンのように、そしてハンフリー・ボガードのようにハードボイルドに美しくも儚げに光っている。
女性昨日あなたはスタバにいたの?



昔のことなど覚えていないさ



明日もあなたはスタバに行くの?



そんな未来のことなどわからないさ



じゃぁ、明日の休みは家でゴロゴロしているのね?



家にいるのも飽きたら出掛けるかもしれないな



一体どこにいくつもりなの?



実は俺にもわからないんだ。風にでも聞いてくれないか



あなたってキザな人ね



スタバのロゴが君の瞳に映っているよ。君のフラペチーノに乾杯
スタバ的妄想。。。


店舗の正面に回って、その佇まいに圧倒された。これは間違いなく、都内スタバの中のオシャレの最高位にある店舗だと言って間違いないだろう。いや、全てのスタバに足を運んだわけではないが、きっとまちがいないだろう。三つのアーチが連なる屋根は、どことなくオーストラリアのオペラハウスを思わせる優美な曲線美。建築というものが単なる機能ではなく、芸術であることを再認識させられる。いろいろ書いたがオーストラリア、、、もちろん行ったことなどない。


店の歴史
店の前の噴水が、これまたCafe以上にいい雰囲気だ。水しぶきが夜の街灯に照らされて、まるで千のダイヤモンドが踊っているかのよう。外観もオシャレCafeだ。これならボギーも君の瞳に乾杯と言っていいロケーションだ。この外観は学芸大学の神乃珈琲を思い出す。しかし、ここにはより洗練された都市的な美学がある。




この店の特徴を語るなら、まずその立地だろう。昭和天皇が皇太子だったときにご成婚を記念して1961年に設立された由緒ある公園という歴史的背景を持つ和田倉噴水公園内に位置している。令和天皇が皇太子だったときに雅子さまとのご成婚を記念して1995年に公園が再整備された際にこの建物が完成したという、皇室との深い縁も感じられる。
そして何より特筆すべきは、環境配慮型の新しい店舗として「Greener Stores Framework(グリーナー ストア フレームワーク)」を取得した、日本初のグリーナーストアであることだ。環境負荷の低減を目指す実証実験の場としての役割も担っている。2021年7月23日に期間限定ストアとしてオープンし、同年12月1日に正式開店という段階的な開業も、慎重な準備の証左と言えよう。
以前中目黒のスタバロースタリーに行ったことを思い出していた。ここは面白かった。まるでカフェの遊園地じゃないか。


いざ入店だ


店舗の中も天井が高くオシャレ感が高く、居心地がよさそうだ。「夜の帳が俺をここまで連れてきちまった」と言ってもキザに聞こえないシチュエーションだ。
ガラス張りの開放感と、アーチ型の天井が作り出す空間の広がり。まるで大聖堂のような荘厳さと、現代的なスタイリッシュさとパンキッシュさがアイロニッシュに私の心をドネーションするように絶妙に調和している。もちろん何を言っているのか自分でもわからない。


吾輩はブリュードコーヒー¥400をマグと、ハム&マリボーチーズ石窯フィローネ¥437をオーダーして順番を待った。待ち人数は2人。都心の夜にしては比較的静かな客足だった。
窓際の席はおおむねとられていたので、中央の二人掛けの席をとる。やはり女子率が高い。普段利用するのはDOUTORでスタバはほとんど来ない。
私はただのホットコーヒーをハードボイルドに飲んでみせた。うむ、若干の苦みが疲れた一日をうるおすかのように喉を通っていく。刹那天井を見上げて渋さを演出してみせたが、誰も私のことなどに注目していてはいなかった。右隣では女性会社員がせっせとインスタをスワイプし、左隣では大学生4人組がワイワイ談笑している。
私だけが孤独の夜をカフェと共にたしなんでいただけだ。




フラペチーノを頼むこともない。あれはCafeではなくパフェなのだろう。吾輩が求めているのは、もっとストレートで、もっと本質的なものである。スタバはカフェなのか、パフェなのか、どっちなのだ。
「ふっ、どっちでもいいじゃないか、答えは風にでも聞いてくれ」と言った言葉が聞えてきた。


フィローネ。つまりはカスクートの類だが、空腹の身には最高のご馳走に思えた。パンの表面は石窯で焼かれた証拠の焦げ目が美しく、中のハムとマリボーチーズが絶妙なハーモニーを奏でている。シンプルながらも計算された味わい。これこそが真のカフェフードというものだろう。
コーヒーは結構苦い。酸味は強くはない。苦みで言うとサンマルクのホットコーヒーよりもさらに苦い印象だ。しかし、この苦味には深みがある。人生の苦さを知った大人の男の味だ。甘美な嘘よりも、苦い真実を選ぶ。女の嘘も、女の涙もウソと知りながら、それらに翻弄される。それが人生ってもんだろ。それが吾輩の美学である。


周囲を見回すと、ビジネスマンが一人、スマートフォンを見つめながらエスプレッソを飲んでいる。その表情には疲労と諦めが浮かんでいた。女子大生らしき二人組がカプチーノを前に恋愛談義に花を咲かせている。人生とは実に様々な形の孤独と連帯の集合体なのだ。


吾輩は一口ずつコーヒーを味わいながら、この不思議な時間の流れに身を委ねた。
ふと窓の外を見ると、和田倉噴水がライトアップされている。水の流れが作り出す光の軌跡は、まるで時間そのものが形を持ったかのようだった。永遠と瞬間が交差する、そんな詩的な瞬間である。スタバとは単なるカフェではない。そこは様々な人間の想いが交差する意識的集合体のような場所なのだろう。
店内の照明も絶妙だ。明るすぎず暗すぎず、読書にも会話にも適した柔らかな光。現代の照明技術の粋を集めた、計算された美しさがある。天井の高さと相まって、開放感と落ち着きを両立させている。
結局1時間ほど、そこのオシャレ空間に身を沈めて都会の中のオアシスを堪能し、再び秋の夜の丸の内界隈を歩き、東京駅へ向かった。
店を出ると、噴水の音がより明確に聞こえてきた。昼間とは異なる、夜だけの特別な表情を見せる和田倉噴水公園。皇室の歴史と現代の洗練が見事に調和した、この場所でのひと時は、吾輩の記憶に深く刻まれることだろう。噴水の水音が微かに聞こえてくる。まるでジャズのベースラインのように、この空間に落ち着いたリズムを刻んでいる。皇居の静寂と都市の喧騒が、ここで絶妙なバランスを保っている。
東京駅への帰路、振り返ると店の明かりが暖かく灯っている。まるで港の灯台のように、都市の海を漂う人々を導く光だった。吾輩もまた、その光に導かれた一匹の牛だったのかもしれない。
名もなき牛の、名もなき一夜の物語。それもまた、この巨大都市東京の一コマなのである。



またどこかにフラっと行くつもりね



そうだな、この街は俺には眩しすぎるんだ。寝不足の牛なんてセクシーじゃないだろ?








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