【2025年を今更振り返ってみた】哲学する牛が回顧する「風の時代」の断片。大災難の空振りと、自己内省という名の反芻

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風に吹かれる蹄、あるいは加速する時間の虚数

時間は、我々牛にとっての牧草のようなものだ。一度飲み込んだだけではその真髄を理解することはできず、胃袋の奥底から呼び戻し、何度も、何度も、粘り強く咀嚼し直さなければならない。人間はこれを「振り返り」と呼ぶらしいが、吾輩に言わせれば、それは単なる「精神の反芻」である。

すでにもう2026年も半月ほど経過してしまったが、物事には遅すぎると言うことは無いので、今更感はあるものの昨年2025年の振り返りをやってみたい。

世間では「風の時代」が本格化すると騒がれていた。形のないものが価値を持ち、重力から解放された軽やかな生き方が推奨される時代。吾輩のような、四本の蹄でどっしりと大地を踏みしめ、物理的な質量を誇る生き物にとっては、いささか分が悪い予感もしていた。しかし、鼻先をかすめる風の色が変わったことだけは、認めざるを得ない。何か新しいことが起こる——そんな、根拠のない、しかし抗いがたい予感が、この一年を支配していた。

静寂を買い占める参拝、芝大明神の冬

人間は一月一日になると、示し合わせたように神社へと群がる。あの行列という名の「集団的忍耐」を、吾輩は冷ややかな目で眺めていた。幸い、吾輩には行列に並んでまで神に媚びを売る趣味はない。

吾輩がわざわざ浜松町の「芝大明神」へと足を運んだのは、松の内も過ぎ、神様もようやく正月休みの残務整理を終えたであろう一月の下旬だ。 「すいている時期に行く」という選択は、信仰心の欠如ではなく、神との一対一の対話を重んじる哲学的な配慮である。

モウモウ

芝大明神の境内は、都会の喧騒から切り離された空白のようだった。人間が「初詣」という記号に踊らされている間、吾輩は静寂を独占する。神とは、沈黙の中にしか存在しない。そこには祈りという名の欲望を押し付けるノイズはなく、ただ冷たい風が吾輩の角を通り抜けていく。わざわざ足を運ぶという行為そのものが、ある種の「儀式」として機能するのだ。

その後に寒さにも負けないで積極的に外に飛び出していったのをトンと記憶している

『ペルソナ5』と「小説」という名の自己解剖

2025年、吾輩はデジタルと文字の海に、かつてないほど深く潜ることになった。

まずは、普段は手に取ることのないゲーム、それも『ペルソナ5』というビデオゲームに熱中してしまった。 随分前のゲームだが吾輩のマイブームは人間とのそれとは一線を画すのだ。

社会の腐敗を正す「心の怪盗団」。自らのアイデンティティを「仮面(ペルソナ)」として定義し、歪んだ大人たちの欲望を盗み出すその物語は、驚くほど吾輩の琴線に触れた。牛として生きる吾輩もまた、人間社会という名の巨大なパレスの中で、牛という仮面を被って立ち回っているのではないか。ゲームオーバーの画面を見るたびに、吾輩の第四の胃袋がチクリと痛んだ。

その熱に浮かされたまま、吾輩はさらなる暴挙に出た。 「小説」を書き始めたのだ。

これは、極めて高度な自己内省のツールであった。自己分析を長い長い文章で解明していく作業。それは、暗い洞窟を一本のペン先だけで掘り進むような孤独な作業だが、不思議とその面白さに熱中し、時間を忘れてしまった。 そして、あろうことか文学賞にまで応募してしまった。 牛が書いた小説など、選考委員にとっては「歩くステーキが書いた遺言状」程度にしか見えないだろう。恐らく結果は惨敗だ。だが、角を突き立てて何かに挑み、自らを解剖して晒したという事実は、風の時代における吾輩の「生存証明」であった。

空振りした終末論と、不測の事態への予行演習

2025年、一部の人間たちの間で囁かれていた「七月の大災難」という都市伝説。 吾輩は、普段ならこうしたオカルトの類を鼻で笑い飛ばすのだが、今回ばかりは少々勝手が違った。もし本当に大地が裂け、海が逆巻くのであれば、吾輩の愛する「平穏な咀嚼」が脅かされる。

結果として、吾輩の住処には大量のミネラルウォーターと非常食が積み上がることとなった。 七月が過ぎ、八月の太陽が昇ったとき、世界は相変わらず退屈なほどに健在であった。

「何も起きなかったじゃないか」と、人間たちは安堵し、あるいは落胆した。しかし、吾輩は思う。 「災難が起きなかった」という事実は、「備えが無駄だった」ことを意味しない。 結局のところ、文明とは「いつか来る破滅」を先延ばしにするための巨大な暇つぶしだ。吾輩の部屋に鎮座する保存水の山は、吾輩が「未来を信じようとした」証左であり、既に備えができているという事実は、不確実な世界に対する唯一の物理的な抵抗なのである。

今でも非常食はスーツケースに入れて玄関に置いてある。もし賞味期限が近くなったら食べてしまえばいいのだ。そしてまた災難に備えて買えばそれだけのことなのだ。備えあれば憂いなしだ

旅の記録:鉄の馬と、最北の官能

2025年は、移動の年でもあった。

1. 念願のサンライズ:動く寝床の詩学

夜の闇を切り裂いて進む鉄の塊、サンライズ出雲。 横たわりながら移動する。これは、家畜運搬車に揺られる同胞たちの運命に対する、最大級の皮肉(アイロニー)であり、贅沢であった。車窓を流れる街の灯を眺めながら、吾輩は「目的地に到着すること」よりも「移動しているという状態」そのものに陶酔した。出雲蕎麦、ママカリ寿司、鰆丼のうまさに思わず時が止まった感覚があった。


そういえば富士山駅にも行ったのだった。吉田うどんのゴン太なうどんは野生の感覚を通り過ぎていた。


2. 青森と大間の本マグロ:食物連鎖の頂点にて

初めて足を踏み入れた青森県。 そこで食した大間の本マグロ。あれは、もはや「魚」ではない。海が凝縮した「官能」である。 普段は草を食む吾輩も、あの赤身の深遠な輝きの前では、自らの草食性を一時的に返上せざるを得なかった。命を食べる。その残酷さと尊さを、津軽海峡の荒波を背景に噛み締めたのだ。


3. 上野のパンダと秩父のLaview

上野動物園のパンダ。 彼らは「ただ存在しているだけで愛される」という、生物界における究極の利権を手に入れている。吾輩が同じように笹を食べていても、誰もカメラは向けない。この不条理。

一方、秩父への旅で乗った「Laview(ラビュー)」。 あの大きな窓は、外界との境界線を曖昧にする。風景を「見る」のではなく、風景の中に「溶け込む」。西武鉄道の野心を感じるデザインだった。


社会の縮図:裁判所と工場、現実のテクスチャ

吾輩はまた、人間社会の仕組みを覗き見るための「見学」にも精を出した。

1. 裁判所見学

そこには、人間たちが作り上げた「正義」という名の精巧な天秤があった。 法廷に漂う緊張感。吾輩は傍聴席で静かに考えた。 「裁く者」と「裁かれる者」。その境界線は、驚くほど細い。たまたま角が生えていなかったから人間として生まれ、たまたま運が悪かったからそこに座っている。人間は言葉で罪を定義するが、自然界に罪はない。あるのは、食うか食われるかだけだ。

2. 工場見学:崎陽軒の矜持、キューピーの誤算

  • 崎陽軒: シウマイが整然と並ぶ様は、規律正しい兵士の行進のようだった。そこには「型」を維持することの美学があった。

キューピー: 期待に胸(あるいは胃袋)を膨らませて向かったのだが、あそこは「工場」ではなく、教育的な施設であった。吾輩は、マヨネーズが濁流のように流れるマシーンを期待していたのだ。ラベルと現実の乖離。これもまた、哲学的な学びである。マヨラーである吾輩にはたまらない世界観だった。いっそ全部のマヨネーズを買いたい衝動にかられてしまうのだった。

いろいろマヨネーズを食してみたが、この「燻製マヨネーズ」が一番新たな驚きの味であった

2025年の総括と、2026年への蹄音

この一年を振り返り、吾輩の四つの胃袋に残ったものは何か。

2025年は、**「準備と試行の年」**であった。 大災難に備えて水を買い込み、小説という名の自己解剖を試み、移動という行為を通じて世界の輪郭を確認した。

風の時代は、吾輩に「軽くあれ」と囁く。 しかし、吾輩は思う。真の自由とは、重力を無視することではなく、自らの重さを知った上で、なお一歩を踏み出すことにある。 2026年、すでにもう始まってしまってはいるが、吾輩はさらなる内省を深め、より鋭いペン先(あるいは角)を持って世界と対峙するつもりだ。文学賞に落ちたとしても、それが何だというのだ。牛が小説を書くという行為自体が、既に一つの文学ではないか。

限りなき内省を経て、吾輩は決意する。 次の一年は、さらに「不純なもの」を削ぎ落とし、本質という名の純粋な牧草だけを追い求める。 計画とは、達成するためにあるのではない。迷わないためにあるのだ。

さて、2026年。 次なる風がどの方向から吹こうとも、吾輩はどっしりと構え、時折空を見上げて鼻を鳴らすだろう。 「さて、次はどんな牧草が、吾輩の胃袋を満足させてくれるのかな?」

2025年の回顧録は、ここで一旦筆を置く。 我々の旅は、まだ始まったばかりだ。

投稿者プロフィール

モウモウ
モウモウ大富豪になっても結局食と旅
吾輩は牛である。 名はモウモウである。 なんでも自由ヶ丘というハイカラな街のきらびやかなショーウィンドーの中でもうもう泣いていたことだけはとんと記憶している。

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